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◆約束の螺旋(1)


仕事を終えたノースは執務室で少し悩んでいた。
きっかけは学舎の友人たちから年始を祝うパーティに誘われたことだ。
最初は断ったが、顔見知りの者たちだけでやる気楽なパーティだからと言われ、行くことに決めた。
しかし、問題が発生した。パーティに着ていけるような服を持っていなかったのだ。
お忍びで通っている学舎で着ている服はお堅いデザインの品だ。パーティに着ていくには少々場違いだろう。
側近であるダンケッドとカークは上級貴族の生まれだ。庶民が着るような服は持ち合わせがないだろう。
更に言えば趣味が合わない。貴族である二人が好む服はノースには少々華美なのだ。
悩んだノースはいつものように客用ソファーに座っているカークを振り返った。

「カーク、今日はもういい。そろそろ帰宅する」
「そうですか、ではお送りしましょう」
「いや、いい。ディルクを呼んでくれ」

おや、と意外そうに眉を上げたカークはニコリと笑んだ。

「畏まりました」


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わざと少し着崩された騎士服は少し胸元が見え、無駄なく鍛えられた体をしているのが判る。
やや不揃いの黒髪は野性味を残すためにわざとそうカットされているのだろう。見苦しくないようにセットされていて彼の魅力を引き立てている。
やってきたディルクは、他人の容姿にさほど興味のないノースの目から見てもいい男であった。
珍しく学舎以外の日に呼ばれ、大喜びでやってきた彼は、ノースの視線に緊張した様子で固まっている。

「ノ、ノース様…?」

何故じろじろと見られるのか判らないのだろう。緊張した様子で問うたディルクにノースは我に返った。

「あぁ、すまない。……プライベートの買い物に行きたいんだが時間はあるか?」
「大丈夫です」
「学舎の友人にパーティへ誘われていてね。着ていく服を選びたい」
「…………仕立て済みの服をお買いになられるということでよろしいでしょうか?」

高位軍人ともなると私服はオーダーメイドが多い。被服士を呼んで仕立てることが多いのだ。他でもないノース自身、黒将軍になってからはそうやって作ることが多かった。
だが今回はそういった服では困るのだ。

「あぁ。高級な服ではなく、ごく庶民的な服が欲しい」
「判りました」
「……ディルクはあまり店を知らないのか?」

やや不安になって問うと、ディルクは小さく苦笑した。

「確かに殆ど使いません。ですがどの辺りに店があるか、ということぐらいは存じております」
「そうか」

ノースは少し安堵した。
何しろ頼れる者がいないのだ。
学舎の友人たちは気安く接することができるが、護衛にならない。身を守ることができねば何かあったときに巻き添えにしてしまう危険性がある。
上流貴族出身であるカークとダンケッドは庶民的な感覚がない。
奴隷であるカーディとジョルジュに至っては、カークとダンケッドが連れ歩くのを許してくれない。『もっと鍛えてから』と言われて武術修行中という有様だ。

「ところでカーディとジョルジュは元気かい?」
「恐らく……」
「恐らくって……」

数年ぶりにノースと再会した二人はカークとダンケッドの目に合格しなかった。弱すぎてノースの護衛を譲れないと言われたのである。そのため、ノースの護衛は今もカークとダンケッドが殆どやっている。

「現在はアスター軍にいるようです」
「何故!?」
「カークによって預けられたようです。アスター将軍は印を使わぬ戦いのスペシャリストだからとのことです。そしてあの軍には徒手の戦いでは無敵の強さを誇るザクセン将軍がいますから、印を使わぬ戦いの技を磨くには最適でしょう」

カークは人材育成が上手い。
育成する人材選びには『いい男じゃないと』と言い、拘る一面を見せるが、実際に部下になった者は忠誠心も強さも見事な将に育てられている。
そのカークがアスターに託した。
アスターはノースとカークの元部下だ。印が通常印ということを除けば、人格的にも能力的にも優れた人物だ。ジョルジュとカーディにも配慮を見せていたので、預ける分には不安はない。
ただ……。

(これほど長期化するとは思わなかった)

元々、ノースは二人を側から離すつもりはなかった。側にいたいというのが再会したときの二人の願いだったので、側に置いておける職に就けるつもりだったのだ。
そして護衛としての強さが足りないというから、それならば護衛にしなくていいとノースは言ったのだ。ところが二人の奴隷自身が護衛になることに拘った。

『ノース様のお側にいて、ノース様をお守りしたいんです!!』

そう言い張る二人に、カークがよい目標だと同意したため、そのまま二人は護衛として修行することになった。ノースとしても二人の希望ならば強く反対する理由もなかった。
てっきり研修期間程度の日数で戻ってくるだろうと思っていたのだが……。

(本格的になっているようだな……)

ノースの見通しが甘かったということだろう。カークは己の代わりに護衛となるであろう二人の強さに妥協するつもりはなかったということだ。
ヘタをすれば年単位で戻ってこないのではないだろうかとノースは不安になった。

「どのぐらいで戻ってくるんだ?」
「判りません」

ディルクが知らなくても無理はないため、ノースは不快に思わなかった。
しかし、その返答を聞いてノースは更に不安になった。

(ディルクが見当をつけることが出来ないほど、時間がかかる可能性があるということか……)

「ディルク、買い物の後、彼らの顔を見に行きたい」
「判りました。あいつらも喜ぶでしょう」

機嫌良く答えるディルクは少々浮かれているようだ。
ノースの前ではいつも緊張した様子を見せる彼だが、今は嬉しげに公舎入り口付近にいる兵へ馬を連れてくるよう命じている。

(そういえば彼とどこかへ出かけるのは初めてだな)

いつもこうしたときのお供はカークかダンケッドだったのだ。

「では参りましょう」

笑顔のディルクに促され、ノースは頷き返した。

「あぁ」