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◆学舎の雫(11)


一方、教室内に残ったダンケッドは無言で剣を抜いた。
戦場では鎗を使っているダンケッドだが町中で持ち歩くには不便な武器である。そのため、帯剣していたのだ。

「待て、ダンケッド!!アスターも言っていたが、ここで殺すな!」
「貴方の命を狙った輩だ」

冷ややかな声音にダンケッドが静かに怒っていることに気付いたノースは眉を寄せた。
滅多に内心を見せぬ年上の部下だ。こうして怒りを見せるのは珍しい。

「貴方の命を狙った輩だ。生かしておく必要は感じぬ」

ダンケッドの怒りの原因が自分にあることに気付いたノースは年上の部下に申し訳なく思った。
滅多に感情を表に出さぬ部下だ。その彼が怒りを見せている。それだけ心配をかけてしまったのだ。

「すまなかった」

ダンケッドがこれだけ怒っているのだ。恐らくカークはそれ以上に怒り心配していることだろう。
公舎へ帰ったら謝ろうと思いつつ、ノースは大柄な部下を見上げた。

「彼らには聞きたいことがある。だから殺すな。そしてここは学舎であり、処刑場ではない」
「……御意」

剣を戻したダンケッドに、ふぅ、とため息をつき、ノースはゆっくりと振り返った。
レンディと対等に喋り、ダンケッドがノースに従ったことで、本当にノースが黒将軍であることを周囲は悟り、自然と注目を浴びる。特に貴族の子弟らと友人たちからの視線が痛い。
一学生には戻れそうにないな、と自嘲しつつ、ノースは犯人らの前に立った。

「そなたらは公正な裁判によって罪を裁かれることになるだろう。よきにしろ、悪きにしろ……今、死ななかったことを幸運と思うかどうかはそなたら次第だ」

ノースは最初に人質に取られた貴族の子弟らを振り返った。
すでに立場は入れ替わっている。
今までノースは平民だとバカにされていたが、黒将軍は違う。
軍人が権力を持つこの国では、黒将軍の上には国王しかいない。跪くのは国王のみでいいのだ。
緊張に青ざめている貴族の子弟にノースは口を開いた。

「スター家のリオグ殿とディアブ家のディガ殿。この件については調査が終わり次第、そなたらの家に報告することを約束しよう。もっと詳しいことを聞きたければ、軍の総本部へ来るがいい。この件は憲兵ではなく、我が軍が取り扱う。……ダンケッド」
「うん?」
「カークと共にこの一件を任せる。カークを手伝ってやってくれ」
「御意」

ダンケッドは上流貴族の出身だ。それも宮廷内で大きな力を持つ家柄だ。そのため、スター家とディアブ家でも貴族の力を使いづらい。カークが単独で動くよりもスムーズにこの件を片付けることができるだろう。

ノースは友人らに向き直った。

「素性を黙っていて悪かった。騒がれたくなかったんだ」
「……本当に、黒、将軍なんだな…」

呆然としている友人らにノースは苦笑して頷いた。

「学ぶのが好きでね。……本名はノース・ステビアというんだ。すまない」
「君が…知将ノースだったのか…」
「それほどの功績があって、頭があって、ここで学べることがあるのか?」
「当然だ。知識はどれほどあっても損はない。まだまだ学びたいと思っている。多くの智があらゆる場面で役立つんだ」
「そうか…」
「君らと過ごした時間はかけがえのない素晴らしい時間だった。身分を忘れて楽しめたよ、ありがとう。元気で」

そこで友人の一人、ベルデクトが口を開いた。

「もう来ないのか?単位はまだ取っていないだろう?」

二十代後半、黒髪黒目で生真面目な彼は、少し困惑したように問うた。
教師を目指しているという彼はとても頭が固い人物だ。単位が取れるまで通うのは当たり前、と思っているらしい。

「あのなー、ベルデクト。ノイは『ノース様』だったんだぞ。単位が取れなくても問題ないんだ」

ベルデクトの友人セスがそう言って苦笑したが、ベルデクトは納得していないように眉を寄せた。

「通う前から『ノース様』だったんだろう?学ぶのが好きならこれからも通っていいじゃないか。学費もあるんだろう?」

ベルデクトは何が問題なのか判っていないようだ。
しかし、その言葉はノースにはとても嬉しかった。
これまで対等な友人を作る機会がなかったノースにとって、この学校での時間はとても楽しいものだった。通えるものなら通い続けたいとノースも思っていた。通うきっかけとなった狙いの本も読ませてもらっていないのだ。

「そうだね。今後は護衛付きとなると思うが仲良くしてもらえるかい?」

そう言うと、友人たちは一斉に笑顔になった。

「ああ!」
「もちろんだ」

ノースは友人等と握手して別れた。