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◆学舎の雫(9)


「とても弱かった」
「そりゃそーだろ。ただのちんぴらみたいなもんだし。連絡は?」
「済んだ」

アスターは犯人の男たちを縛り上げた後、さりげなく指を動かした。
一般人には何気ない仕草に見えるだろう。しかしこれはノース部隊でのみ通じる暗号の一種だ。他でもないノース自身が作り上げたものだから間違いなくノースには通じる。

外、連絡済み、という単純な二種の暗号だが、これによって頭のいいノースは己の部下がここへ駆けつけてこようとしていることに気付くことだろう。

(問題は誰が来るかだよな)

目立たず来てくれる部下だといいが、ダンケッドやカーク辺りだったら最悪だ。嫌でも目立ってしまうことだろう。
そんなことを考えていると、レナルドが小瓶のようなものを拾い上げているのが見えた。
男の親指ぐらいの大きさしかない小瓶だ。

「レナルド、何だそれ?」
「知らない」

レナルドは問うように縛り上げた犯人達を見た。
犯人たちはそっぽを向いており、レナルドと目を会わせようとしない。
心に疚しいことがあると言わんばかりの態度にアスターはピンと来た。

(禁じられた薬物ってとこか)

アスターが手を差し出すと、レナルドはあっさりと渡してくれた。
そこへ見知らぬ生徒が二人やってきた。自分たちを護衛して家まで送り届けるようにという。

(あぁ…彼らが何とかっていう家のお貴族様か……)

生徒の中にノースがいなかったらそうしてもよかったが、今はノースの身の安全の方が優先だ。少なくともアスターにはそうである。しかし、それを答えるわけにもいかず、アスターは少し困った。

「ええと…申し訳ありませんが、犯人どもを野放しにしておくわけにはいきませんので」
「もう縛り上げているではないか。何の問題がある!」

自己中心的な貴族の坊ちゃまたちはアスターのいいわけでは納得してくれなかった。
どうしたものかとアスターが内心困ってレナルドを見ると、レナルドは教室の入り口の方を凝視している。
アスターが振り返ると同時に名を呼ばれた。
ここで聞くには意外な声に驚いてアスターが振り返ると、部屋の入り口付近に黒衣を羽織った姿が見えた。