一方、私服のアスターと赤コート姿のレナルドは手にした資料を読みつつ、廊下を歩いていた。もちろん読んでいるのはアスターだけであり、レナルドは荷物持ちだ。
彼らは前回借りた資料を返却し、新たな資料を借りに来ていた。
「アスター、お駄賃」
「判ってるって。酒だろ。ちゃんと奢るって」
そんなやりとりをしつつ歩いていたアスターたちは進行方向で騒ぎが起きていることに気付いた。
「あぁ、軍人様っ、どうか助けてくださいっ!!」
「人質の中にスター家のリオグ様とディアブ家のディガ様がおられるのですっ」
しかし、大きな声で騒がれたため、アスターたちの存在は犯人らに筒抜けになってしまったらしい。
「軍人がいるのか!ちょうどいい。お前ら、貴族のお坊ちゃまを殺されたくなかったらこっちへ来い!!」
アスターたちは教室内に連れ込まれ、縛られることとなった。
++++++++++
「赤将軍か。軍に対していい人質が出来た」
赤コート姿のレナルドを捕らえて満足げな犯人らを見つつ、アスターはさりげなく教室内を見回した。
ノースを一般生徒の中にその存在を確認する。特別扱いを受けていないことや縛られていないところを見ると、正体には気付かれていないようだ。
(レナルドと俺を捕まえて、ノース様はほったらかしって……こいつら、軍人には詳しくないようだな)
犯人の男たちはノースだけでなく、私服だったアスターの正体にも気付いていないようだ。アスターはレナルドの部下として縛られている。
そのレナルドはたまに小さく呟いている。彼の印である闇の印を使っているようだ。恐らくその能力で離れた場所にいる誰かに連絡を取っているのだろう。
アスターは慎重にタイミングを待った。
犯人が人質から一定距離、離れるタイミング。
そして確実にこちらが先に動けるタイミングだ。
『よし、今だ』
アスターはレナルドと目を合わせ、縄を外した。
一番手前にいた男二人をまとめて蹴り飛ばし、壁にたたきつける。
その間にレナルドは一番近い男に触れて、負の気を動かし、気絶させていた。
瞬く間に三人を倒され、残る二人の男は恐慌状態に陥った。
「き、貴様ら、何故、縄をっ!!」
「刃物もないのに一体どうやって!!」
問われたアスターは瞬間的に元上司を思い浮かべた。
『よき縛りを実行するためには縄のことをよく知らねばなりません』
元上官カークには縄の素材、縄の使い方、各種の縛りなどたたき込まれたのだ。そのせいでロープ術には無駄に詳しいアスターである。当然、抜け縄についてもマスターしていた。
(本来、良き男に逃げられないようにと抜け縄については教わったんだけどな)
こんなことで縄抜けを実践するはめになろうとは思ってもいなかったアスターである。
「お前ら、縛りがヘタ」
犯人からの問いにはアスター以上に縛りの腕がいいレナルドが答えた。
ヒュンと縄が動き、一瞬にして男を縛り上げる。
「抜け縄されない縛りがある」
戦場で敵将相手に腕を磨いたレナルドの縛り技術は際だっている。十分、武器の一つとして使える技術だ。
(良き男に逃げられないための縛りなんだけどな)
心の中でつっこみを入れていたアスターは己に向けられたナイフに少し驚いた。どうやらただ一人残った男にちょうどいい人質に思われたらしい。
「お、お前動くな!部下がどうなってもいいのか!?」
ナイフを向けられたアスターはちらりとレナルドを見た。
「部下?誰が?」
レナルドは素直に疑問を発している。本当に疑問なのだろう。誤解に気付いていないようだ。
アスターはナイフを握った手首を捕らえてひねりあげた。男から苦痛の叫びが響く。
体格がいい上、軍人として鍛えたアスターは腕力も握力もある。そのまま勢いをつけて男を床にたたきつけた。
「悪ぃな。俺はこいつの上司だ」
赤将軍の上には青と黒のみ。自然と色つきの将であることが伝わるだろう。
「俺はアスター。青将軍だ」
++++++++++
「すげーっ」
「見たか、今の!?あっさり一撃だぜ」
「どうやって、あの縄を解いたんだろうな。将軍職にお就きの方々となると強さも半端じゃないな!」
興奮して話す友人たちの隣でノースは冷静に別なる感想を抱いていた。
ノースの知る限り、アスターの軍人としての戦闘能力はそこまでずば抜けてはいない。上級印揃いの将軍職の中では下の方だろう。
ただし、それはあくまでも戦闘に関する能力だけの話だ。
アスターは、状況を読む力や戦闘センスにかけては非常に高い能力を持っている。だからこそ今まで過酷な戦場を生き延びてきているのだ。
アスターは自分たちを縛っていた縄で男たちを縛ると、さりげなく指を動かした。
ノースはそれが己の部隊で使用している暗号だと気付いた。他でもないノース自身が作った暗号なのだ。アスターは元部下であるため覚えていたのだろう。
(外、連絡済み。…どういう方法を使ったのか知らないが、人を呼んだようだな)
近づいて来ないところを見ると、アスターはノースが身分を隠してここに通っていることに気付いているようだ。
情報は伏せていたはずだが、彼が動揺を見せぬところを見るとあらかじめ知っていたのだろう。
知られるはずのない情報を知られていた。アスターが巧みな情報収集能力を持っている所以だ。
(やはり、惜しいな……)
頭が良く、状況判断が的確な部下というのは意外と少ない。
アスターの麾下に強い印を持つ赤将軍を入れてやればとてもよい軍になったことだろう。
やはり自軍の麾下においておきたかった、とノースが未練を抱いていると、教室内に新たなるコートを羽織った男が入ってきた。