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◆学舎の雫(4)


一方のノースは自分が知らぬところで見えない人間に見守られているとは気付くはずもなく、学校生活を楽しんでいた。
学校生活は楽しい。
いつの間にか目的が書物にあるのか友人たちと触れ合う時間にあるのか判らなくなっているなと思いつつ、ノースは学校に通っていた。
授業へ行くと必ず正規の学生たちにも会う。
彼らは試験でトップをとったノースが目障りらしく、必ず嫌みを口にする。

「平民がどれほど必死に勉強しても意味がないと判らないと見える」
「仕方あるまい。多少頭がよくないとろくな職に就けぬのだろうから」
「平民の職などたかが知れているのにな」
「違いない」

そんな嫌みに友人たちは怒り顔をしたり、不快そうな顔をしてくれる。
貴族生まれの学生たちが相手だけに表立った行動はしないが、後で必ず慰めてくれたり、フォローの言葉をくれる。
しかしノースは友人らが思うほどには傷ついていなかった。

(職に就くために勉強しているわけではないし、悪言雑言など軍の方が酷いからな…)

軍事大国ガルバドスでは軍人の権力が強い。故に騎士となった者達は殆どがエリート意識が強く、出世意欲も高い。
ノースも軍人になった直後はずいぶん狙われた。何度か命の危険を感じたほどだ。カークとダンケッドがいなかったら死んでいたかもしれない。
軍人は当然ながら肉体派の職だ。戦場では命がけで駆け抜ける者達だ。貴族とは比べものにならぬほど気性も荒く、喧嘩っ早い。当然、喧嘩したときは手や足が出る。
喧嘩は御法度のため、バレたら独房行きだが、建物が破壊されるレベルの喧嘩の報告を受けたことも一度や二度じゃないのだ。
そんな世界に普段は生きているノースは通りすがりの嫌みなど何ら気にならない。

「ノイ、食事に行かないか?」

ノースが授業に出れるのは週に二回ほどだ。
友人たちには授業後によく食事に誘われる。
行くと答えて教室を出ると視界の先の通路を紅いコートの青年が横切っていった。

「おおー。赤将軍様だ。格好いいよなー、赤コート。憧れるー」
「最近よくいらっしゃるよなー」

友人たちの会話を聞きとがめ、ノースは眉を寄せた。
よく学校へ赤将軍が来ているという。その理由は一体何だろうか。
密かに護衛に来ているとでもいうのだろうか。

どう問うたら自然に聞こえるだろうか。そう頭を巡らせたノースだったが疑問はすぐに解けた。

「アスター青将軍様のところの赤将軍様らしいな」
「デカイ砦を作ってらっしゃるって?」
「新型の砦作りのために資料を集めてらっしゃるらしいなー。うちの教授も少し関わってらっしゃるらしいぜ」

アスターならば護衛じゃないようだとノースは安堵した。
アスターはカークの元部下だが今は別の黒将軍の麾下に入っている。
彼は現在、各要所の砦建設に携わっていると聞いていた。そちらの分野に才能があったらしく、彼が関わった箇所の工事は驚くべき精度とスピードで進められているという。
軍人より文官としての才能の方があるんじゃないか?と揶揄する声もあるほどだ。

「お、あっちにはオットー師がいらっしゃるぞ」
「ジーク師もご一緒だな」
「お若いのにここの教授だからな。優秀だよな」
「憧れるよなぁ。ああいう顔と頭になってみたかったものだ」

友人たちのウワサの主は通路の先にいた。
教授だというが確かに若い。二十代後半といったところだろう。
見目もよく優秀だという友人たちのウワサ通り、容姿も整った人物たちである。

「ノイも頑張ったらなれるんじゃないか?君は非常に優秀だからな」
「この学校の教授ともなればかなりのエリートだ。目指す価値はあると思うぞ」

友人らに進められ、ノースは苦笑した。
確かにそんな生活も悪くはない。それどころか好むところだ。しかし今現在、目指せるかと言われれば否だ。到底、違いすぎる道に踏み込みすぎている。ノースが今いる場所はこの学校とは比べものにならぬ世界で、国のトップにほど近い場所なのだ。

「ノイはオットー師とジーク師、どちらが好みだ?」

少々下世話な、しかし若い男たちにありがちの話題を振られ、ノースは改めてうわさの二人を見た。
オットーは背が高く、黒髪黒目でいかにも頭が切れそうなエリートタイプに見える。
ジークは白に近い金髪と茶色の目をした明るく華やかな雰囲気を持っている。

「……オットー師の方かな」

ノースは適当に答えた。どちらを部下に持ちたいかという基準で適当に答えたのである。
あっちがタイプか〜などと頷きあう友人たちに対し、ノースはあまりピンとこなかった。

(うちの部下は容姿がよかったんだな…)

比べる基準が部下しかいないため、自然と部下と比べてしまったノースだが、側近の筆頭であるカークとダンケッドの二人からして見目のいい人物たちだ。
青将軍として軍のエリートで実績も優れた部下たちと比べるとどうしても他の者達はくすんでしまう。
己がその頂点に立つ黒将軍ということは棚に上げ、少々部下を見直していたノースは、通路の更に先の方に見覚えある姿があることに気付いた。相手は見慣れぬ私服姿だが側近だ。すぐに気付く。

(ディルクだ。何かあったか…?)

極力来るなと厳命しているのに来ているということは何か理由があってのことだろう。

「すまない、知人が来ているようだ。今日は遠慮しておく」
「そうか、残念だな」
「すまない。それじゃまた今度」

やや足早に立ち去ったノースは友人らの会話を聞くことはなかった。

「あれがノイの知人か」
「恋人じゃないか?」
「だよなぁ…そう思うよな?……すごく格好いい人だな」

黒髪に紺色の瞳を持つディルクはとても容姿の良い人物だ。ファッションセンスもいいため、私服でも十分に目立つ。
加えてノースに好意を持つ彼は、駆け寄ってきたノースに傍目から見ても丁寧に接し、嬉しげな様子を隠していなかった。

「あの様子では、恋人決定だろう」
「だよなぁ」
「いい男だな」
「ノイ、相手がいたのか。残念だなぁ」

勝手にそう決めつけられているノースであった。