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◆学舎の雫(3)


一方、ノースの元部下であるアスターは、最近多い仕事である建築関係の資料が目的で学校に来ていた。
王都上級学校には図書館がある。貴重な書物も多い。
アスターは兄が通ったことがある学校であったため、この学校の書物について知っていた。そのため、青将軍という地位を利用し、この学校の書物を読む権利を得たのである。
アスターが読みたい書物は入手困難な重要書物というわけではなく、ごく一般的なものばかりだったため、その許可はすんなりと下りた。それでアスターは書物目的で学校に通っていた。

(おー、ノース様じゃねえか。……あれ?護衛がいない…)

何かの間違いかと思い、周囲を注意して見回す。
軍歴がそれなりに長いアスターは軍人とそうでない者の見分けが付く。一般人として紛れていても動きや視線などで違いがわかるのだ。

(やっぱりいないな…)

困ったことになったとアスターは思った。
ノースには必ず護衛がついている。専門の護衛ではないが、いつも交代で誰かが側にいる。
それは戦闘力に乏しいノースの身を守るため、側近たちが自主的に行っていると聞いている。
そのノースに護衛がいない。
護衛が自分から離れたとは思いにくいからノースの命令で離れているのだろう。

(んー、やばくねえか?)

ノースはこの国ではレンディに継ぐ功績を持つ最重要人物の一人だ。
国の内外に広く知られるその智と才で、その名を知らぬ者はいないと言われている。
ガルバドス国は軍人の権力が強い。黒将軍でもトップクラスの彼は下手な貴族よりずっと影響力が大きいと言われる人物であり、まだ若いこともあり、将来的には国の政治にも携わっていくであろうと言われている。
それほどの人物に護衛がいないという状況にアスターは頭を抱えた。
今のアスターはノースの側近ではない。しかし気付いたことを放置しておくのも気分が悪い。何よりノースには世話になった。恩があるのだ。

「アスター、お腹空いた」

同行してきていた友人兼部下のレナルドが大きな地図を片手に持ちながら不満を告げる。

「あー、レナルド。ちょうどよかった。あのな、頼みがあるんだが…」

彼の持つ能力ならばノースに気付かれることなく、ノースの護衛が可能となるだろう。

「お前の『見えない友人』の力を借りてもいいか?ノース様をお守りしたい」

レナルドはあっさりと頷いてくれた。そしてちらりと視線を周囲へ向ける。

「人手たくさんある。ここ、霊だらけ」
「えーっ、そんなこと言うなよ、来づらくなるだろーっ」
「成績に悩んでいる人ばかり」
「死後も勉強してるのか、そりゃ気の毒だなー」

死後に勉強しても意味がないだろうにな、とアスター。

「その人たちにノース様を守ってもらえるか?」
「判らない。やってみる」

アスターの目には何もない空間に向かってレナルドは話し始めた。
しかし、会話の内容的にあまり芳しくないようだ。

「成績トップの男を守るなんて嫌だって言われた。相手が馬鹿な生徒だったら守ってやってもいいって」
「えーっ!そんな理由で拒否られるのかよーっ。どうせテストなんて受けられないだろ、死んでたら!」

けどノース様って成績トップなのか、さすがだな、とアスター。

「ここは成績に悩んでいる人ばかりが彷徨ってて……」
「あー、うん、判った、判った。その話は止せ、背筋が寒くなるだろーっ」
「アスター、金」
「え?ほらよ」

いきなり金をせびられ、アスターはポケットに入っていた小銭を適当に渡した。
レナルドは別の空間に何やら話をしている。さきほどとは別の霊がいるようだ。

「解決した。はい、返す」
「おう。見張り、お願いできたのか?」
「できた」
「金で?」
「金で」
「金、戻ってきたけどよかったのか?」
「あっちは貰ったつもりになってるから問題ない」
「払ってもいない金で雇うってちょっと申し訳ない気分になるなー」
「雇い終わったら浄化する」
「そうか。それがいいかもな」

死後も延々と勉強し続けるって気の毒だしな、とアスター。
うん、とレナルドは頷いた。