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◆銀のくし(4)


カーディは手の平に包帯を巻いた。
毎日行われる訓練は傭兵団の頃より基礎を重視して行われている。
傷一つつけることすら許されなかった幼少時と違い、今はまめだらけの手だ。
白く柔らかく美しい手も今や見る影もない。
しかし、そのおかげで目標とする強さを手に入れつつある。
アスター軍は居心地の良い軍だった。工事関係者が多く出入りしていて、騎士や兵士ばかりでピリピリした空気がこの軍にはない。気軽に声をかけてくる者が多く、暖かみある軍だ。
ノースに毎日会えないつらさはあるが、ノースの公舎からそう離れていないところに公舎があるのでいざとなればいつでも会いに行くことができる。
少し困ったことはと言えば、アスターとザクセンのおかしな痴話ゲンカに巻き込まれることだ。
しかしそれも深刻なことにはならないので大きな問題ではない。
そしてザクセンは腕の良い師であった。
彼は基礎を重視し、徹底的に防御を教えてくれた。攻撃は一切教えてくれなかった。
攻撃中心のカリキュラムを組んでいた傭兵団とは正反対であった。

「お前等は攻撃を使用するな。防御を徹底的に学べ。お前等みたいに才能がねえ奴らは何か一つを極めた方がいい」

それでは勝てないではないかと隣にいるジョルジュが反論すると、ザクセンは勝てなくていいと言い切った。

「お前等の目的は護衛だろうが。ならば主(あるじ)が逃げるだけの時間を稼げればいい。もしかするとテメエ等は死ぬことになるかもしれねえな。だがそれでいい。違うか?」
「いや、間違っていない」
「そうだろ。心配せずとも時間さえ稼げれば味方が駆けつけてくるだろうよ。守りさえ完璧にやれればヘタに攻撃を学ぶより長生きできるし、主も守れるものだ」

ザクセンはよき師であったがアスターは良き師になってくれなかった。
彼は二人が護衛になりたいと言うと反対した。二人が護衛向きではないと主張するのだ。

「お前等が護衛になったら死にそうで嫌なんだよ」

その意見を聞いて、カーディはアスターへの認識を改めた。呑気で穏和な人物だと思っていたが、鋭い部分を突いている。
カーディとジョルジュはノースさえ守れれば死んでも良いと思っている。奴隷は主のために存在するものだからだ。しかし、そこを見抜かれているとは思わなかった。

「俺もお前を守れれば死んでもいいと思っているがな?」
「何てことを言うんだ、ザクセン!絶対実行するんじゃねえぞ!」
「ま、俺も初めての弟子が死ぬのはゴメンだ。死なねえようにしっかり鍛えてやるからアスターを悲しませるようなことはするんじゃねえぞ?」
「初めてって……ザクセン、あんた、長生きしてるクセに一度も弟子を持ったことねえのかよ。部下はいたんだろうが、一度も鍛えたことなかったのか?」
「ねえな、そんな面倒なことしたことねえ。部下は道具だ」
「アンタなー!!」

よき師ではないが、アスターはジョルジュとカーディの身を案じてくれる良き人物だ。
そしてザクセンは口は悪いが二人が死なないようにと鍛えてくれる良き師だ。
この二人のおかげで腕は上がっている。あとはカークに認められるだけの強さを身につけることができたらノースの元へ戻れるだろう。
そしてその日はすぐそこまで来ていた。


++++++++++


二年以上の歳月がかかったが、二人はカークに認められることができた。
結局、二人がかりでもカークに完敗したが、カークは意外なところで二人を認めてくれた。

「本当にアスターはよき弟子ですね」

カークは二人が身につけたロープ術を高評価してくれたのだ。

「その防御術もなかなかです。私のように術に長けた相手には通用しませんが、それだけ時間稼ぎができるのであればノース様の身を守ることもできるでしょう。ただし、私かダンケッドがいるときは私たちが護衛をします、そこは譲れませんよ」

あくまでも代理の護衛として使うとカークは言い切った。

「あなたたちでは将軍位からノース様をお守りできませんからね」
「しょ、将軍位の方々からっ!?」
「あの方はとてもモテるのですよ」
「!!!」
「悪しき虫を追い払うために私とダンケッドがついていたのです」
「ノース様は大丈夫なのかっ!?」
「当然です。私がいて何かあるわけがありません!余計な心配は無用です。お前たちはいざというときにノース様をお守りする方法だけを考えておきなさい」
「はい!」

ようやく護衛になれたのだ。
ノースの身を守ることができるのだ。