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◆銀のくし(3)


アスターは困惑して二人の客人を執務室に迎え入れた。
二人はカークに言われてやってきたという。しかし訪れた理由が「鍛えてほしい」だったのだから意味が判らない。
鍛えるのであればカークが鍛えればいいのではないだろうか。
カークは青将軍の中でもトップクラスの強さを誇るであろう人物だ。わざわざアスターの元を訪れて指導を求める理由が判らない。今のアスターはホルグ黒将軍麾下であり、ノース軍麾下ではないというのに。

「あ、貴方はカーク様の弟子だと聞いた!」
「え、弟子っ!?」

アスターは驚いた。
自分の師はロドリクだ。カークではない。一体何故カークの弟子になっているのか。

「カーク様は貴方を鍛えたと言った。そして貴方は優秀だと。だから指導してもらいに来たんだ」
「ええ?……あー………あれか……」

確かにカークに鍛えられたことはある。赤将軍に成り立ての頃に指導を受けたことがあるのだ。
そしてその指導は主にティーカップやロープを持って行われるものだった。
むろん、カークにはそれ以外にも軍の動かし方のような将としての基礎も学んだが、それは完全に将校のための知識だ。将官ではない目の前の二人に教えても意味がないだろう。

(ロープ術と紳士のマナーを教えろって……?)

アスターは困惑した。
しかし、他にカークに教わったことがない以上、二人に教えなければならないことは『紳士としてのマナー』と『ロープ術』についてのことだろう。そうに違いない。
大いなる誤解だったが、アスターはそう思いこんだ。

「あー………すっごく独特だぞ。ホントにいいのか?」
「もちろんだ。カーク様に学んでこいと言われたから」
「うーん……けどなぁ……」

躊躇うアスターに二人は焦った。
アスターに教えてもらえなければ、護衛の道が閉ざされてしまう。何が何でも教わらなければならないのだ。

「頼む、この通りだ!!カーク様は貴方を味見してもいいと思っているぐらい気に入っているとおっしゃってた!!優秀な貴方に教わらないと護衛になれないんだ!!」
「へ、何だって?」
「それは聞き捨てならねーな」

口を挟んできたのはソファーで我関せずと寝転がっていたザクセンだ。
黒い髪に鋭い青色の目を持つ暗殺者のような雰囲気のある男は剣呑な表情で舌打ちした。

「あの男、心底気にくわねえ……俺の男に目をつけやがって……おい、アスター、こいつらは俺が鍛えてやるから安心しろ。だからお前は二度とカークにかかわるな!」
「へ?ザクセンが鍛えてくれるのか?忙しいし、そりゃ助かるけどよー」
「お、俺たちはアスター将軍に教われと言われてて!!」
「あ、それは心配いらねえぜ。ザクセンは俺より強い上、元黒将軍だ。カーク様より地位的には上だった男だ。安心して教わってくれ」
「そ、そうか……」
「俺もたまには教えに行くから安心しろよ」
「あ、ありがとうございます!!」
「じゃあ、ちょっと待ってろ。練習用のロープを持ってくるから」
「待て、アスター、ロープを何に使うんだ、ロープを……」
「え、縛りの練習をするんだろ?」
「アスター、俺はお前とゆーっくり話し合う必要があるようだな。カークに一体何を教わったんだ……?」

修羅場になる二人を見つつ、ジョルジュが不安げな顔になる。

「この人たちに教わって大丈夫かな……」

大いに同感のカーディであった。