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◆銀のくし(2)


数年後のことである。
傭兵団から戻ってきたジョルジュとカーディの二人を引きとったノースは、二人を護衛にしようと思っていると側近であるダンケッドとカークに告げた。
しかし、その案に二人の側近は同じ反応を見せた。

「護衛ですか。私共に何か不満でも?」
「好ましくないな」

二人の反応にノースは驚いた。
ジョルジュとカーディが護衛につけば、今まで護衛をしてくれていたダンケッドとカークの負担が軽くなる。二人には良いことばかりのはずだ。それだけに二人の反応は意外な反応であった。反対されるとは思っていなかったのだ。

「むろん不満などないよ、とても満足している」
「ならばこのままでよろしいでしょう。あの二人に私たちの代理が勤まるとはとても思えません」
「むろん彼ら二人が君たちの代理になるとは思っていない。だが私の護衛ぐらい彼らでも十分だろう」
「違います。他でもない私たちが側についていることが重要なのですよ、ノース様。一万歩譲って従者ぐらいならば許しましょう。ですが護衛の役は譲れません」

カークはきっぱりと言い切り、ダンケッドも同意するように頷いた。
側近二人の反対にノースは困惑したが、ノースとしてもカークたちの護衛に不満があったわけではない。
だが、護衛になりたいというのは奴隷二人の希望だったのだ。

「彼らの希望なんだ。叶えてやりたい」
「そうですか。では、彼らの武術の腕を調べさせていただいてもよろしいですか?」
「あぁ。アスター将軍が、腕がいいと言っていたから大丈夫だと思うが」
「それは楽しみですね」

ですが私は彼のように甘くありませんよ、とカークは笑みながら呟いた。


++++++++++


全く歯が立たなかった。
カーディは唇を噛んだ。
隣には同じように息を切らしているジョルジュがいる。

「おやおや………二人がかりでこれですか……全然ダメですねえ……」

ノース黒将軍の公舎の一角に設けられた武術場を貸し切って二人の奴隷の腕を確かめたカークは呆れたようにため息を吐いた。
目の前には息を切らせながらかろうじて立っている二人の奴隷がいる。

「私は本来、剣使いなのですよ。印も剣も使っていない私に二人がかりで負けていては、ノース様の護衛など到底無理ですね」

ジョルジュとカーディは反論できず、無言で唇を噛んだ。
実力差は明らかだ。ハンデを与えられておきながら負けた事実は揺るがない。

「このような弱さのあなたたちにアスターが高評価したとは到底思えませんね。多分に世辞が混ざっていたのでしょう。彼は判断力のあるいい男ですが、年下に甘いようですからね」
「あ、アスター将軍は悪くない。彼は俺たちのランクしか知らないから……!!」
「おや、戦ったことがあるわけではないのですか。なるほど……ではそのアスター将軍の元で少々鍛え直してきますか?」
「…え……っ……!?」
「嫌だ!!ご主人様の元を離れるのはっ……!!」

青ざめたカーディが叫ぶ。
しかし、カークは冷ややかだった。

「そのような弱さではノース様に危機が訪れたとき、ノース様をお守りするどころか一緒に死ぬだけですよ。主(あるじ)を守れぬまま死んでいきたいのですか?今のお前たちごとき、倒せる者はこのガルバドスには幾らでもいますよ」

二人はグッと詰まった。

「護衛を諦めればいいのです。下働きでもしてノース様のお側に好きなだけいればいい。あの方は私たちがお守り致します」

カークがそう告げると、二人はライバル心たっぷりの視線をカークへ向けてきた。
カークはその視線を受けて、少し意外に思った。
こてんぱんにやられておきながら、カークへライバル心を向けるとはなかなか根性がある。捨てられておきながら有名な傭兵団に入って頑張っていたり、下働きで満足する様子がないことといい、根性だけはあるようだ。

(まぁその方が見所がありますが)

しかし、カークも妥協する気はない。
今の二人の強さでは到底ノースの護衛を任せる気になれないというのは本音だ。
仮に奴隷に甘いカークが許しても、ダンケッドの方が許さないだろう。仕事に関してはカーク以上にシビアな判断を下す男なのだ。無機物を愛する彼は機械のように正確な仕事をこなす。彼ならばこの二人を切り捨てることもやるだろう。

「どうしても護衛になりたいのですか。ですが今の貴方たちでは捨て駒にすらなりませんよ。下働きで満足しなさい。そうすればノース様のお側にいられますよ」
「嫌だ!!護衛になりたい!!」

カーディはきっぱりと言い返した。
そう、下働きではダメなのだ。
ノースに捨てられた時の絶望が蘇る。あんな思いは二度としたくない。
愛される余地はない。今の自分には強さしかない。ならばせめて主を守れる存在でいたい。
ただ側にいられるだけで満足する気はない。そんないつでも捨てられるような地位は嫌なのだ。主が強き者を欲しているのならそれに応えられる存在でいたいのだ。

「護衛になりたい!!」

隣に立つジョルジュは少し驚いたようにカーディを見つつも同じように頷いた。
彼も思いは同じだろう。主へ向ける真摯な思いは同じだからだ。
二度と捨てられたくない。だから主の役に立つ地位が欲しいのだ。

カークはため息を吐きつつ二人を見遣った。

「そうですか、ではチャンスぐらいはくれてやりましょう。どうしても護衛になりたいのであれば鍛えなおしてきなさい。安心なさい、傭兵団へ戻れとは言いません。そうですね、やはりあなたたちを拾ってきたアスターに責任をとって鍛えてもらいましょう。
アスター軍は基礎がとても鍛えられた軍です。何しろアスターはこの私の元部下で愛人候補だった男です。彼の部隊は私が初期からカリキュラムを組んで鍛え上げた部隊ですからね。なかなか優秀なのです。あの手足の長ささえなければ間違いなくハーレムに入れていた男なのですよ。今でもときどき味見をしたいと思う程度には気に入っています。
そして彼は印を使わずとも十分に強い男です。彼が相手ならば私は印も使うし、武具も変えるでしょう。それだけの強さを持つ男なのです。それが彼とあなたたちとの差です」

ジョルジュとカーディは息を飲んだ。
アスターは長身であまり多弁ではない男だった。誠実そうで優しい人物ではあったが、カークが高評価しているほど強い男には見えなかった。
しかし、このカークが高評価しているのだ。カークはそんな嘘をつく人物には見えない。彼が高評価しているのであればアスターはそれだけの強さを持っているのだろう。何しろ青将軍だ。嘘ではあるまい。

「何もノース様の元を永遠に離れろと言っているわけではありません。しばらくアスターの元へ通って学んできなさいと言っているのです。軍トップである黒将軍のノース様の奴隷がそのような弱さではノース様の恥です。せめて私に印を使わせる程度には強くなってきなさい」