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◆銀のくし(1)


ジョルジュとカーディは性奴隷となるべくして引き取られた子供だった。
二人に両親の記憶はない。しかし戦災孤児か何かだったのだろう。同じような境遇で集められた子供は多かった。
カーディは柔らかな色の金髪に水色の瞳で愛らしい容姿をしている。そしてその容姿は彼にとって自慢であった。性奴隷教育をする館には同じような境遇の子が集められていたが、容姿の悪い子供はどんどん切り捨てられていった。その子供たちがどうなったのか、カーディは知らない。しかし、一度連れて行かれた子供は二度と戻ってこなかった。そのことが彼らを恐怖にかき立て、より愛される子供になろうと努力させた。

容姿の良さは彼らにとって命綱であり、武器でもあった。
容姿が悪ければ捨てられる。よりご主人様に愛される外見でなければならない。
少しでも傷がつけば教育官から叱責が飛んでくる。下品な笑い方、マナーから外れた行動もいけない。反抗しすぎればやはり素材にならないとして、館から連れて行かれた。そして二度と戻ってこなかった。そうやって子供はどんどん減っていき、厳選されていった。

(女に生まれたかったな……)

そうカーディが思うようになったのは思春期の頃だ。
女性は柔らかな体、愛らしい容姿、愛らしい声を持つ。
特に声は女特有の武器だ。カーディ自身、愛らしい容姿でそれは彼の自慢だったが、女には敵わないのだと思い知った。愛らしい声がカーディには備わっていない。口を開いた途端に外見にそぐわぬ低い声にがっかりされると気付くようになった。

(どうせなら女に生まれたかった)

この外見に似合う愛らしい声だったらよかったのに、愛らしい男など好かれないのだ。
よき主(あるじ)に会えるだろうか。よき主に会えなければそれは破滅を意味する。主に気に入られなければ殺されてしまう。ご主人様に愛されるために育てられてきた身だ。よき主に会えるかどうかがすべてなのだ。

(可愛い外見で声が低い男なんて……きっと好かれない)

けれどカーディは外見がすべてだ。自分に他の武器がないことを知っている。
幼い頃からカーディを知る奴隷教育官も言っていた。カーディの武器は外見だと。

「より愛らしい仕草を見せてご主人様の気を惹き、愛されるよう努力するんだ」

外見だけがすべてなのだ。
愛らしくなければ愛されない。かわいらしくなければ捨てられてしまうのだから。


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『ノース様が欲しておられるのは腕の良い将なのです』

ようやく会えた主(あるじ)は、愛らしさなど全く求めていない主であった。
カーディが持つ唯一の武器を主は欲していないのだ。
カーディたちは金と多少の荷物のみで、自由に生きろ、と街へ放り出された。

(どうすれば……いいんだろう……)

カーディは市井を知らない。ずっと高級奴隷を育てる館で育てられてきた。
高位の人々に仕えるために育てられてきた身なので、世間のことは全く知らないままなのだ。
そしてそれはジョルジュも同じだろう。カーディのような愛らしい外見ではないが、彼もまた幼い頃から高位の人々に仕えるために育てられてきた。純粋な少年を側に置いて可愛がりたいという女性は多い。そういった需要に応えるために育てられた奴隷だったのだ。
ジョルジュはずっと泣いている。呆然としたままのカーディよりずっとショックが大きいようだ。
そこへ声がかけられた。

「あの、どうしたんですか?大丈夫ですか?」

顔を上げると二人の青年が立っていた。身なりからすると兵士のようだ。

「……強く、なりたいんだ……けど……行く場所がなくて……」

口を突いて出た言葉に、二人の青年は生真面目に考えてくれた。

「アスターが町の道場に通っていたって言ってましたよね」
「そういえばアスターは王都出身でしたね。王都は広いからちょっときついかもしれませんけど歩いていけない距離じゃないと思います。ちょっと待っててくださいね、詳しい場所を聞いてきますから」

カーディは親切な二人が教えてくれた道場へ行ってみることにした。他に行く宛もなかったため、とりあえず行ってみることにしたのだ。
その道場主は、うちは子供中心で教えているんだよとぼやきながらも、二人の身に何らかの事情があることを悟ったのだろう。しぶしぶながらも迎え入れてくれた。
そこでしばらく住み込みで鍛えてもらった二人は、その道場にいる間に『ゲルプの古狼』のことと市井で暮らしていく知恵を学んだ。

(強くなければならない………ご主人様を守りたい……)

愛らしくては意味がない。
愛されることも望めない。
強さでしか主の側にいる資格はないのだ。
ディルクが合格して自分たちが欲して貰えなかった理由は強さがないからだ。主が欲するだけの強さを持っていなかったから捨てられたのだ。

(強くなりたい、もっともっと強く)

そしたら主の元へ戻れるだろうか。
主の側で生きたい、主の命を守りたい、自分は奴隷だ、主のために育てられてきた身なのだから。

(強くなりたい)

主に欲される存在となりたい。そして主を守りたいのだ。