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◆緋〜死の熱を持つもの〜(15)


翌日、ホセが挨拶にやってきた。
褐色の髪と濃い緑の瞳を持つ、体格の良いホセは、イーガムとは違い、顔には派手な火傷痕は見えなかったが、首筋や握手を交わした手などに火傷の痕が見えた。
恐らく、服に隠れた部分にはもっと火傷の後が残っていることだろう。

「正直言って、アンタを上官に抱く日が来るとは思わなかった」
「ハハ!俺も同感だ。黒を羽織る日が来るとは思わなかった。心底驚いた!」

そうだろうなとホセが苦笑気味に頷く。
アスターには目立った功績がない。今回の人事に首をかしげている者は多いだろう。
苦情がでないのは黒将軍会議で決定し、国王の承認が済んでいるからだ。レンディやノースを含む、国のトップが決定したことを覆せるわけがないのだ。

「ええと、これで、イーガム、ホセ、マドック、シプリ、ザクセンで……五人!!何とか五人集めたぞ、青将軍をっ!!」
「ホッホッホ、良かったですなー。これで何とか出撃だけはできそうですな」

ホーシャムと手を取り喜び合うアスターに対し、ホセは呆れ顔になり、ザクセンは眉を寄せた。

「おい、テメエ、なんで俺を数に入れてる」
「何言ってるんだザクセン。一人でも多く将が欲しいんだぞ。アンタにも隊を持ってもらわねえとどうにもならねえだろー。経験あるんだから頑張ってくれよ」
「チッ、めんどくせえな」
「ギリギリで運営しているようだな。大丈夫か?」

ホセに問われ、アスターは軽く肩をすくめた。

「黒に上がったことが青天の霹靂だったんだ。必死に足掻くしかねえよ。まぁいざとなったら他の黒将軍に頼み込んで兵力を貸してもらうさ」
「呆れたものだ、行き当たりばったりだな。貸してもらえるのか?レンディ様とは少しは仲がいいようだが」
「頼み込むさ。あっちも味方に敗北されるわけにはいかないだろうから最低限は貸してくれるだろうしな」

幸い、レンディ、ギルフォードの二人とは仲がいい。ノースともそれなりに交流がある。他の黒将軍とも不仲というわけではないので、何とかなるだろうと思っている。

「今はこんな現状だ。あんたの力はありがたい。よろしく頼む」

ホセとしても戦場に出れねば活躍の場がないのは同じだ。
今更、他の将軍に取り入るより、アスターに重用される方が得だと判ってくれるだろう。
何よりアスターの元ならば確実に戦場に出ることができる。悪い話ではないはずだ。

「あぁ、よろしく」

ホセは笑みを見せて頷いてくれた。

++++++++++


「アスター、昇格祝いはしないのかって兄貴が言ってるよ」

シプリがそう話を持ってきたのは、ホセが正式にアスター麾下となって数日後のことである。
通常、黒将軍ともなると大出世だ。当然ながら祝いのパーティを開くことが多いのだという。

「兄貴もやったんだよ。まるで結婚式かって言いたくなるような胸の悪いのをね!」

それはさんざんシプリに愚痴られたためにアスターも知っている。
ギルフォードの黒将軍昇格祝いでは、レナルドを将来の伴侶だと紹介する場面があったという。
そのために二重の祝いのような雰囲気になってしまい、二人の仲を祝福する甘いムードが漂い、誰もが結婚祝いのような祝福の言葉を投げかけるために、どっちの祝いだか判らないような状態になったのだという。
当人や親族はそれで満足だったようだが、兄たちの婚姻に不満を持つシプリにはたまらない空気だったようだ。

「んー…ちょっとそういう気分にならねえんだよなー…。敗戦後の昇格祝いってのは難しいな」
「無理もないだろうね。兄貴にもそう伝えておくよ」

黒将軍の交代は死によるものも多い。
しかし、戦い自体の敗北による交代は珍しい。敗戦することが少ない国なのだ。
昇格祝いは絶対にせねばならない、というものでもないので納得してもらえるだろう。

「それにしても忙しいな。俺もう長い間、休みを取ってねーよ」

休日など取れる余裕がないのだ。
今、一番苦労しているのが人事だ。
ホルグとブートの両黒将軍が抱えていた兵力は大半がアスター麾下に入った。
欠けた穴を埋めるために昇格人事も考えなければならない。そのために今まで殆ど知らなかった他軍の部下たちの経歴を調べなければならなかった。
昇格人事は重要だ。報告書を鵜呑みにしてはいけない。一人一人の素性や経歴をしっかり調べて判断を下す必要がある。少なくともアスターはそう思っている。下っ端からはい上がってきたアスターは下っ端の心情をよく知っている。そのために面倒でも手抜きをする気は全くなかった。

「ところでアスター、工事だけどさ、俺とマドックで引き継ぐから」
「え?」
「え?じゃないよ。出撃前まで担当していた公共工事!」
「引き継ぐって何で?」
「何言ってんのさ。公共工事は青将軍の担当であって黒将軍の担当じゃないだろ。俺とマドックで引き継ぐのは当たり前じゃないか」
「!!!」
「何、ショックを受けた顔してるのさ。黒将軍になってもやるつもりだったの?そんなことできるわけがないだろ」
「いや、けどよー……まだ途中の工事箇所とか多いんだぜ?なのに放り出すってのは…」
「しょうがないだろ。君はもう黒なんだからさ」

黒将軍が工事してどーするのさ、と言われ、アスターは凹んだ。
もっとも大好きだった仕事を奪われてしまったのだ。

「あと、ザクセンが隊を持つのなら麾下に入りたいって奴らがいたから教えておくよ。そのうち推薦状を持ってくるからよろしくね」
「へえ…あいつ人望があるんだな」
「人望と言っていいのかどうか判らないけどね。少なくとも当人たちはザクセンと接したことはないって言ってたし。何でも代々ザクセンの麾下にいるって連中らしい。オヤジがザクセンの部下だった、とか祖父がザクセンの部下だった、とか言ってたよ。彼らは親や祖父に進められて移動を決意したらしい」
「へえ……なんかスケールのデカイ話だな……」

代々ザクセンの部下だの、父や祖父の代に部下だったなど、まるで王侯貴族に仕える家系のようだ。しかも仕える相手が代替わりしていないのだから他に類を見ない話だろう。
親や祖父が移動を進めたということは、それだけ当時のザクセンが慕われていた証だ。悪いようにはならないだろう。そう思いたい。

(まぁ長年黒将軍だったわけだから、実力は確かだよな)

むしろザクセンが黒に戻った方が自然な人事だったんじゃないかと内心思っているのだが、決まってしまったのだから仕方がない。

「あと、カーク様から祝いの絵が届いているよ。カード付きで。黒将軍昇格おめでとうございます。今後もよき男を探す努力を怠らず、常にハーレムづくりの野望を忘れぬよう精進するように、だってさ。相変わらずだね、あの方は」
「ハーレムを作る予定はないんだがなー。けど、ずいぶん遅い祝いだな〜」

アスターが黒将軍になってから二ヶ月以上が立っている。
昇進や戦後処理でバタバタしていたため、とても早い二ヶ月だったが、その間に殆どの祝いは届いていた。

「北で発生した戦いに行っておられたらしいよ」
「なるほどなー」

王都を不在にしていたのなら納得がいく。