文字サイズ

◆緋〜死の熱を持つもの〜(16)


「あのさ、アスター、この絵すごいよ。どう処分する?」
「処分って、貰い物なんだろー?」
「見たら判るよ」
「……あー……なるほど……」

絵は横が1m、縦は2mほどありそうな大きな絵であった。
問題は内容だ。花に囲まれたような場所で一人の男性が複数の男性に絡まれている。しかも全員が裸体だ。

「……なんで場所が外なんだ?花畑ってことは庭か?」
「問題はそこじゃないだろ、アスター!」
「あー、悪ィ。うーん……すぐ捨てたら、バレたときが怖いんだよなー……。絵はどうしました?って聞かれたときに答えられないんじゃ困るし。人目につかねえところに飾るしかねえかなー」
「人目につかないところってどこさ?」
「あー……トイレ?」
「トイレ!?この絵をトイレに飾るの!?」
「人目につきにくいっていうか、見られても問題なさそうなところって限りがあるじゃねーか。風呂だと湿気で傷むだろ?トイレだとそうでもねえし、見られたところで問題はおきそうにないからな」
「不衛生だよ、アスター」
「絵は触るもんじゃねえから、問題ねえだろ?」
「そりゃそうだけど、本気?」
「いいじゃねえか。捨てるよりマシだぞ。カーク様がくださるぐらいだから、質はかなりいいもんだろうしなぁ。皆に観賞してもらうべきだろ」
「君ってホントに大ざっぱな性格だよね。別にいいけどさ」
「トイレよりいい場所が見つかったら移動するから」

そう言いつつも難しいだろうとアスターは思う。
飾る場所を選ぶ絵だ。部下に譲ってもいいが、欲しがる者がいるとは思えない。なかなか厳しいだろう。

「祝いの品って個性でるよなー。今まで貰った中で二番目に困る品だ」
「トップじゃないんだ?」
「一番扱いに困ったのは会議室の彫刻だ…」
「あー……あれね……」

その品はダンケッドからの贈り物だ。黒将軍としては同期となったダンケッドが祝いとして贈ってくれたのだ。
ダンケッドとはノース麾下にあったとき、多少仕事で関わったぐらいで、これといった交流があったわけではない。しかし、今回黒将軍となったこともあり、今後、接する機会が格段に増えるだろう相手だ。
そのため、アスターも返礼に質の良い布地を贈った。アドバイザーはシプリだ。質の良い布地はこれから好みの服に仕立てられる。染める前の布地だから色も好みに染めることが出来る。ダンケッドは上流階級だ。贔屓にしている仕立屋は多いだろう。生まれの良い人間に贈るには無難な品であるということで選んだのである。
そしてその意見には黒将軍歴が長いザクセンも賛同してくれたので、アスターは安心して贈った。選択は成功だったようで、後日、礼の手紙が届いた。

「なんか不気味なんだよなー」

アスターの贈った品は無難な品だったが、相手のダンケッドは己の好みで選んだらしい。
骨董品を好むダンケッドらしいその彫刻は素材が真っ黒な石で、ところどころに宝石が埋め込まれているという何とも個性的な人形のようなものであった。
人形だとは思う。しかし、人をモチーフにしているのかと言われれば断言できない。そんな個性的なデザインだ。
高さは数十センチといったところか。生まれたての赤ん坊より若干大きな程度。
彫刻ならば飾り物だというわけでまずは公舎の入り口フロアに置いたが、すぐに苦情が出た。気味が悪い、悪趣味だというのである。
そのたびに通路や食堂など、転々と場所を変えていき、最終的には会議室に落ち着いた。
会議室を使用する幹部たちにも不評だったが、他に場所がなかったのである。
手放そうにもダンケッドからの贈り物だ。それなりに使用してから手放さないと角が立つ。最終的に会議室に落ち着いたのは、レナルドの意見だ。というよりも、レナルドが勝手に移動させたのだ。

『ここがいいらしい』

誰がそう言っているのかとアスターは疑問に思ったが問わなかった。予想した答えが来るのが怖かった為である。
そうしてその彫刻は会議のたびに幹部たちの不評を受けつつ、会議室に置かれている。

ちなみにダンケッドの元上官ノースからの贈り物は『情報』だった。
彼は『昇進祝いに』と言って、独自の経験と視点を交えた各将の経歴や性格などを記した情報を送ってくれた。ある意味、一番アスターが欲していたものであったため、アスターは喜んだ。こういった祝いならばいつでも大歓迎といったところだ。
ちなみにレンディからの祝いの品は何もなかった。彼は基本的に祝いを贈らないらしい。
しかし、『落ち着いたら何か食べにいこう。奢るよ』と小さな笑顔付きで言ってくれたので、アスターは楽しみにしている。こちらの仕事が落ち着いたら誘おうと思っているところだ。おごりだろうがおごりじゃなかろうが、レンディとの食事はとても嬉しい。

(楽しみだ)

忙しい毎日だが、それなりに楽しみがあり、よき仲間たちが側にいてくれる。
なんだかんだ言いながらも幸せと思えるだけの日々だ。
三年のみの徴兵のつもりが思いがけず長続きしてしまっているが、軍の生活もそう悪くはない。やっとそう思えるようになってきた。

(まさか黒将軍になるとは思わなかったけどな)

黒将軍は国王にのみ跪けばいい。
つまりアスターは今や国王に次ぐ高位なのだ。

(そういや、坊と同格になったんだよな!)

欲しくなかった地位とはいえ、こればかりは素直に嬉しいと思う事柄だ。

(今、改築している公舎の風呂が完成したら、坊を誘ってみよう)

側近たちに呆れられつつもアスター自身が設計した浴場は、気合いを入れて造られている質の良いものだ。きっとレンディも喜ぶだろう。

(楽しみだな〜)

後日、いきなり風呂へ誘われたレンディは驚愕することになるのだが、知るよしもなかった。

<END>