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◆緋〜死の熱を持つもの〜(13)


隊へ戻ると既に会議室に赤将軍たちが集まっていた。
円卓の上には、酒瓶やグラス、ツマミが並んでいる。

「アスター、おかえり」
「一杯やってるぜ」
「ゲルプの地から、アンタ宛に穀物酒が贈られてきたんだよ」
「この酒はなかなかいけるな」
「ホッホッホ。生還祝いじゃて」

会議に酒。
普通なら考えられないことであったが、アスターは口うるさく咎めることはない。
先に呑むなよと文句を言いつつ、己の席に着いた。

「お前ら、俺を差し置いて…」
「まぁまぁ、そんな堅いこと言うんじゃないわよ。そんなんだから今になっても恋人ができないんだよ」
「余計なお世話だ。お前ら、俺の報告を聞いたら驚くぞ」
「ふーん、減棒一年でも食らった?」

アスターが手にしたグラスに酒を注ぎながらシプリが問う。

「外れ」
「ふむ、では減棒三年か?」

これはマドックだ。彼は穀物酒が気に入ったらしく、早いペースで空けている。

「外れ」
「減棒じゃなくて、完全にナシとか。それが一年とか」

言いながら、俺たちもじゃないだろうなと不安げな顔するのはローだ。

「外れ」
「もしかしてワシらが全員左遷とか…?」
「外れ」
「おお、よかったー!」
「今更、他部隊に行きたくないもんね」

歓声が上がる。
あれこれ想像している部下にアスターは肩をすくめた。
呑気な部下達だがこれを聞いたら皆驚くだろう。

「聞いて驚け。俺は黒将軍になった」

一瞬の間。

酒を吹き出したり、叫んだり、阿鼻叫喚の図が目の前に広がった。

「ちょっと嘘でしょ!?黒って、それホント、アスター!?」
「こんな嘘ついてどうするんだよ、シプリ。ダンケッド将軍と俺で今回空いた席を埋めることになったんだ」
「敗戦なのに昇進!?しかもアンタが!?こう言っちゃなんだが、次の黒はアンタだけはないと思っていたぞ!」
「マドック、俺も実に同感だ」
「アンタ、一生、青止まりと思ってたわーー!!」
「…全くだ…」
「驚いた。確かに驚いたな」

首を振りつつローが呟くと、ユーリも同意するように深く頷いた。
レナルドだけは興味なさそうに、一人黙々と酒を飲んでいる。

「ホッホッホ。すると次のこの部隊の青は誰になさるんじゃ?」

ホーシャムの台詞に皆が顔を見合わせる。
黒将軍に昇進したことによって欠けた青の席は、大抵の場合、その部隊から選ばれる。前任者の指名が最優先されるのだ。

「生き残った赤将軍を正式にうちの軍が引き取ることになった。よって、今回は一人じゃない、二人上がる。マドック、シプリ、頼んだぞ」

麾下から二人上げろというのがノースからの指示だった。

「俺か。うむ、よろしく頼む」

黒髭をさすりながら大男のマドックは笑んだ。
経験は長いが、ずっと大きな手柄に恵まれなかった彼だ。こんな機会がなければ青将軍に昇進することはなかっただろう。
長年黙々と頑張ってきた功労者たる彼の昇進に皆が歓声を上げる。

一方のシプリは元々アスター麾下では功績が高かった将だ。
こちらもまた、反対意見は出なかった。

「よろしく」
「おめでとう!!」
「よかったのぅ!」

どちらの昇進に関しても大きな反対はなかった。ぱちぱちと周囲から拍手が上がった。

「あー、それじゃ、皆、俺のことも、今後もよろしく頼む」

アスターが頭を下げると部下たちは呆れ顔になった。
頼られて嬉しいというより、今後が不安になったらしい。口々に話し出した。

「何言ってんのさ。黒のアンタを俺たちだけで支えきれるわけないだろ」
「黒将軍は全青将軍に指名権があるんじゃぞ」
「他の側近はどうやって集める気だ?」
「アンタ、他の青将軍と不仲っておっしゃってませんでしたっけ?」
「頼りないのう」
「黒になったんだから、青将軍に舐められないようにしないとさー」
「いや、もう、舐められてるんじゃ?」

黒将軍は全青将軍に指名権があるが、普通は側近とも言える青将軍を持っている。レンディの側近であるシグルドとアグレスやノースの側近であるカークやダンケッドなどが有名だ。
ダンケッドが今回昇進したが、知将であるノースは側近の層が厚い。数人以上の青将軍を側近として抱えている。
アスターの場合、青将軍となってからはホルグの側近として扱われていた。そのため、ホルグ麾下に移ってからは、他の黒将軍と戦場にでたことがない。直属とも言える上官がいる場合、暗黙の了解で指名しないのが普通なのだ。

「仲の良い青将軍様がいらっしゃったら、良かったのになぁ」
「不仲じゃなあ」
「舐められちゃヤバイですぞ」
「今後が心配だ」

部下が不安がっているが、アスターも不安だった。
そもそも他の青将軍とあまり付き合いがなかった。
同じホルグ麾下の将とも会議などで顔を合わせる以外は、揶揄されるか説教されるかのどちらかだった。しかもその将たちは殆どが死んだ。
ホルグの元へ移る前はノース軍に所属していたが、今回、ノース軍からはダンケッドが昇格している。当然、ノース麾下からダンケッド麾下に移る将がいるだろう。他軍のアスターにまで回す余裕があるわけがない。

「しばらくは他の黒将軍から借りようかと思う」
「どなたに?」
「うーん……レンディに…?」
「シグルド様とアグレス様はレンディ様にしか御せないと有名ですぞ」
「それじゃノース様の側近に…」

他に思いつかなかった。

「カーク様は止めてくださいよ」
「カーク様だけはゴメンですぞ」
「カーク様は勘弁してくれ」

しかし、皆が異口同音でカークは嫌だと言う。

「あの方は腕の良い将だぞ!」
「腕がよくてもヤバイでしょ!俺の部下が狙われたらどーしてくれるのさ!」
「う……それもそうか…」
「でしょ!」
「それにダンケッド様が昇格なさったのなら、ノース様も今は余裕がないでしょ。貸してもらえないよ」

それは彼自身判っていたことだけにアスターは黙り込んだ。
しかし、考えてもいい案は思いつかない。

「えーと…皆、いい青将軍がいないか情報を集めてくれ」

頼りない上官からの頼みに皆は仕方なさそうに頷きあった。
なんだかんだ言いながらも上官の頼みとあっては断れない、気の良い部下達であった。