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◆緋〜死の熱を持つもの〜(12)


無事王都に戻ったアスターは、軍本営の会議室で、居並ぶ黒将軍らに敗戦を報告した。
そこには何故かコートを羽織っていないダンケッドもいたが、アスターは気にする余裕がなかった。
すでにレナルドから報告が届いていたためだろう。将軍らに驚いた様子は伺えなかった。
幾つか質問が来たので、それに答える。
予想していた叱責はなかった。

「紅竜が相手じゃね…。そんな情報は入っていなかった。仕方ないこととはいえ、ホルグとブートには悪いことをしたね」

苦笑気味に黒将軍筆頭のレンディが言うと、同意の声が上がった。

「そうだな、彼らは不運だった」
「しかし、いつの間に使い手が変わっていたのだろうな?」

レンディは肩をすくめた。

「ディンガの話ではよくあることらしいよ。ただし、紅竜リューインだけの特徴らしいけど」
「うん?どういう意味だ?」
「紅竜リューインはよく使い手を変える竜らしい。理由は知らないけどね」
「ほう、そうなのか。それは隣国ウェリスタの紫竜にも言えるのか?」
「さぁ?確かに使い手を変えて、遠くの国に移動してくれればありがたいけど、どうなのかな?ディンガ」
「逆だ。あいつは使い手に執着する傾向がある。今の使い手が生きている限り、離れるということはあり得ないだろう」
「…だそうだよ。残念だね。さてアスター、こちらからも君に報告がある」

アスターに向き直ったレンディは、ちらりとノースを見た。
ノースは頷き返し、アスターの前へ進み出た。

「先の黒将軍会議で次の黒将軍を決定した。君とダンケッドだ。ブートの後をダンケッド、ホルグの後を君が継ぐ」
「は?今、何と…?」
「だから昇進だよ。おめでとう、アスター。まぁ今回の敗戦を思えば手放しで喜ぶことはできないだろうけれどね。黒の座を空座のままにしておくわけにはいかない。これは既に決定事項だ。君は黒将軍となった」

アスターは唖然とした。
敗戦の報告だ。当然、得られるものは叱責であり、降格などの処罰だと思っていた。
それが突然の黒将軍位だ。欠片も予想していなかったことだった。

「おめでとう、アスター」
「おめでとう。これで同格だな」
「今後ともよろしく」

次々に祝いの言葉がかけられるが、アスターは驚きが強く、まともに返答できなかった。ぎくしゃくと頷くのがやっとであった。

「明日、国王陛下から任命状が渡される。青のコートは羽織らずに行くように」
「しょ、承知致しました」

その後、幾つかの説明を受け、それに答えて、会議室を出た。

会議室からやや離れたところにある椅子にザクセンが待っていた。
離れた場所に椅子が設けられているのは、副官や下位の将に、万が一にでも会議の内容を聞かれないようにという配慮のためである。

「どうだった?」
「ああ……」

二人はそれ相応の処罰があるだろうと思っていた。軽くても何ヶ月かの減棒は免れないだろうと思っていたのだ。今日はその報告があるだろうと思っていた。

「ザクセン」
「ん?」
「俺は黒将軍になった」
「……」
「黒の欠けた穴を、俺とダンケッド殿で埋めることになった」
「………」

思わず廊下で立ち止まり、二人揃って顔を見合わせる。
さすがにザクセンも目を丸くしている。

「……お前が黒将軍か……」
「ああ……」
「本業は建築士だから、チャンスがあったらいつでも辞めたいって言ってなかったか?」
「まぁな…」
「今回は良いチャンスかも、なんてぼやいてたよな?」
「ああ…」

ザクセンはクッと笑い出した。

「どうするんだお前?印は通常印、レンディみたいな強靱な武具もない、ノースみたいにずば抜けた頭もねえのに」
「俺が聞きてえよ!!あーー、どうすりゃいいんだ!!」
「そこで俺に頼ってくれば可愛いのに」
「は?何だって?」
「……ともかく公舎へ帰るぞ。皆心配してたからな」
「ああ……」