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◆緋〜死の熱を持つもの〜(11)


そして一夜明けた翌日、アスターは赤将軍らに隊の編成について説明した。
赤将軍たちからは、死亡者の数が増えたことを知らされた。

「動かせない兵の数が多いよ」
「元々、無理をして連れてきた怪我人が多かったからな」

最後まで戦場に残ってくれたシプリとマドックの言葉にアスターは顰め面で頷いた。
本当は動かしてはならないレベルの怪我人も多かった。しかし、放置しておいても殺されるか捕虜にされるだけ。無理にでも連れ帰ってくるしかなかった。
無理をして連れ帰ってきた上、時間が経ち、容態が悪化している怪我人も少なくない。今回はあまりにも怪我人の数が多くて、物資も不足している。
何とか国内まで帰ってきたものの、皆が疲労困憊している状態だ。

「しょうがねえ。動ける者だけで帰るしかない」
「本気?放置していくの?見殺しにするようなものじゃないか!」

シプリが声を上げる。
口には出さないが他の赤将軍たちも同じ意見のようで顰め面だ。
ただ一人、軍師のホーシャムだけが何かに気付いているようで冷静にアスターを見ている。

「落ち着けシプリ。ここがどこだか判るか?」
「どこって……国内って意味じゃなくて?」
「スリーザー領じゃのう」
「そうだ、ここはスリーザー領。カーク様のご実家の領地だ。以前はバルスコフ国、サウザプトン国、シャルフーリ国に挟まれていて、やや危険性の高い地だった。だからこそ他の領地に比べて軍事力が高く、領主軍が強い。早馬で王都に向かったレナルドが、最初の砦で馬を替えているはずだ。その砦からご領主に連絡が行っているだろう。もちろん別の早馬もうちから走らせているから絶対に援軍が来る。つまり王都からの援軍を待つよりずっと早く援軍が来るってわけだ。見捨てるわけじゃない」
「そ、そっか……そうだね、領主軍があったね」
「俺たちも残る怪我人のために物資を半分以上置いていく。できるだけ身軽な状態で素早く帰るよう努める。当然、俺たちの物資は王都に帰り着くまで持たないが、俺たちは援軍と合流する前提で帰る」
「レナルドを信じるってわけか」
「当然だ。大丈夫だ、必ずレナルドが黒将軍を動かしてくれるだろう」
「そうだね、最悪でも兄貴は動いてくれるだろうし……」

シプリの兄ギルフォードが動けば、当然ながらその運命の相手であるスターリングも動いてくれる可能性が高い。黒将軍を二人動かせれば戦力としては何の問題もない。

「以上だ!ここに残るか帰るかは当人たちの希望に任せる。今話したことを各隊長達に伝えてくれ。午後には出立するからそれまでに結果をまとめて報告を頼む!」
「判った」
「了解!」

各赤将軍からの返答を受け、去っていく姿を見送りつつ、傍らのホーシャムが差しだしてくれたお茶を受け取った。

「怪我人と死者を合わせれば8割を超える。恐らく半数以上が残るだろうな……」
「なぁに、治ってから帰ってくればいいんじゃ。無理して帰って、容態を悪化させるよりずっといい」

さすがにホーシャムは冷静だ。伊達に長年、戦場に身を置いているわけではないということだろう。

「ザクセン、領主軍はどれぐらいで来てくれると思う?」
「早くて三日というところだろう。恐らく先発隊と後発隊に分かれてくる。先発隊が救護隊、後発が戦力重視の本隊だろうな」
「王都からの援軍は……」
「さて……ここまでたどり着くのはやはり急いでも半月前後かかるだろう。距離があるからな」

出立までに食べて休んでおこうという話になり、アスターは仮眠を取った。
4時間ほど後、赤将軍たちが再度集まってきた。予想通り、半数以上が負傷により留まるということだった。当然ながら救護兵やその手伝いを希望する者たちも残るというので、アスターと共に王都へ帰るのは全体の三割程度ということになった。
アスター麾下の赤将軍は全員が王都へ帰ることになったが、別の青将軍麾下にあったルドウィク赤将軍が残ることを希望した。生き残った部下がほとんどここに残るために自分自身も残りたいということだった。
当人も少なからず怪我をしていたので、アスターは許可を出した。

「ルドウィク、領主軍への対応についてだが、失礼にならないようお相手しろ。ただし、意に沿わぬ命令が来たら、はね除けていい」
「判りました……しかし、大丈夫でしょうか?」

ルドウィクはマニュアル重視型の真面目そうな将である。臨機応変な対応というのは苦手そうな人物だ。

「いざとなったら俺の名を出していい。俺はカーク様の一応忠実な元部下で、一応、弟子らしいから」
「あぁ、例の……わかりました。では、いざとなったらお名前をお借りいたします!」
「例のってなんだ?まぁよほどのことがない限り、大丈夫だと思うが。とりあえず時間さえ稼いでおけば王都からの援軍が来る。援軍さえ到着したらあとはその青将軍の命令しか聞けないとでも言っておけばいい」
「判りました」

そうして出立しようとしたとき、リヤカーを引いた十数人ぐらいの集団がやってきた。
彼らはリヤカーに物資を載せていた。聞けば町を通った早馬によって敗北を知った近くの町人たちが助けに来てくれたらしい。
通常だったら逃げるだろう。なのに、危険が大きな戦場にまで助けに来てくれたのだ。
何千人もの負傷者数からしてみればわずかな人数だ。しかしここまで駆けつけてくれたその気持ちが何倍もありがたい。皆から歓声が上がる。
治療や雑用を手伝ってくれるというので代表でアスターが礼を告げた。

そうして王都へ向かって約一週間後、アスター軍の本隊は援軍と無事合流することができた。
アスターたちの物資はかなりぎりぎりの状態だったため、物資が尽きる前に合流できたのは幸運と言えた。
援軍はジオン青将軍とイングヴァル青将軍の二人だ。
ジオンは元セルジュ軍麾下でセルジュが引退した後、ギルフォード黒将軍の麾下に入った経歴を持つ。大柄な体格と真面目な性格をした将だ。
イングヴァルは栗色の長髪の青年で印を使った戦いに長けている頭脳派の将だ。現在はスターリング黒将軍の麾下にある。
予想通り、援軍はスターリングとギルフォードからだった。

「ジオン青将軍、イングヴァル青将軍、助かった、ありがとう!」

赤将軍時代にアスター部隊に助けられた経験があるジオンは軽く目を細めて笑った。

「なに、これで借りが返せたな」
「では私は貸し一つということで。いつか返していただくことを楽しみにしていますよ」

イングヴァル将軍は笑いつつ言い、アスター軍に物資を分けてくれた。

「どうか、部下を頼む!」
「ええ、必ず」
「あぁ任せておけ。必ず助けて戻ってくる」
「あと、元気な騎士を一人、貸してくれないか?」

アスターはジオン将軍麾下から元気な騎士を借り受け、王都へ早馬として送った。
これで正確な被害の状態やサウザプトンに紅竜がいたことが伝わるはずだ。
小さな小国に紅竜がいたことを知り、レンディはどう思うだろうか。
紅竜も青竜も戦闘力が高い竜だ。ぶつかり合うなんて考えたくない。

(再戦なんて言い出さなきゃいいが、坊のヤツ……)

大切な相手の身を案じつつ、アスターは深くため息をついた。