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◆緋〜死の熱を持つもの〜(6)


一方、アスターはアスターで奮戦していた。
彼は、総指揮を執りつつ、かろうじて軍をまとめていた。
とにかく指揮系統がバラバラになりやすい。己の麾下だけならばいつもやっていることなので楽なのだが、軍は一気に膨れあがっていた。他の青将軍麾下から逃れてきた兵が加わったためだ。
今回の戦いでは指揮系統が壊滅に近かった。そのため、将軍位を失った隊は最後尾を守るアスター軍の『花火』を見て、撤退してきたのだ。
上官を失った隊は、最後尾を守るアスター軍を追うようにして撤退してきた。当然ながらアスター軍はどんどん膨れあがり、アスターは、軍がバラバラにならないように必死で指揮を執っていた。
ところが、軍は膨れあがるが、将は増えない。当然ながら幹部は対応に追われていた。
次々に入ってくる報は死亡確認や隊の全滅やそれに近いものという、悪しき報ばかり。
遅れそうになる負傷者の多い隊を元気な隊にフォローさせたり、斥候を出して、現状の把握と情報収集に努めたりと忙しい。
幾人か他の軍の赤将軍が生き残っていることは確認できたが、青将軍の生存者は見つからない。そのため、必然的に生き残った青であるアスターに全責任がのし掛かっていた。
救いはザクセンがいたことだ。経験豊富な彼はアスターのよきアドバイザーとして手伝ってくれた。
そうして撤退の為の指揮を執りつつ、馬を走らせて3、4時間後、南方方面から早馬がやってきた。伝令の一人だ。
その姿は見るも無惨な姿だった。あちらこちらが焼け切れていて、火傷だらけであった。

「アスター青将軍っ!!アスター青将軍!!」
「どうした!?」
「最前線は全滅です!!少なくとも、黒将軍のお二人は死亡されました!!」
「は!?マジかっ!?」
「はい!!将軍、紅です!!紅竜の使い手がいるそうです!!まあるくなって、大きくなって、いきなりだったそうですっ!!」

どうやら伝令も少々パニックに陥ってるようだ。言っていることがよく判らない。
しかし、重要なことは判った。サウザプトン国には七竜の一人がいるのだ。あのレンディと同じ七竜の使い手の一人が。

「……紅竜……」
「ふむぅ、困りましたのぉ、その丸くて大きい竜とやらには」
「丸くて大きい……いや、まぁそれはともかく、七竜がいるとなるとまずい。レンディと同等かそれ以上の攻撃力があるんだろう。あの光景を見ればそれが判る。まともに戦って勝てる相手じゃない」

アスターはレンディを知っている。彼の戦い方も知っている。戦場で彼を幾度も見てきたが、彼に勝てる要素など考えたこともない。それぐらい彼と彼の相方の実力は際だっている。
絶対的な実力差。
それが七竜なのだとアスターは思う。
背筋がゾッとする。報復戦など考えなくてよかった。あのままモタモタと戦場に残っていたら死んでいたかもしれない。判断は間違ってなかったのだ。

「同感だ。勝てる相手じゃねえ。総大将二人が死んだのであれば、撤退するしかない。まぁこの状況を見れば、撤退以外ありえねえが」

ザクセンの言葉にアスターは頷き返し、貴重な情報を届けてくれた伝令に傷を労り休むように告げた。
その隣で長い白髭を触りつつホーシャムが言う。

「今回はワシらの完敗ですな」
「あぁ…」

アスターは苦く応じた。
総大将二人の死亡。完敗以外の何物でもないだろう。