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◆緋〜死の熱を持つもの〜(3)


それから数時間後のことである。アスターは招集を受けて、ホルグ黒将軍の公舎の会議室に来ていた。
そこにはアスターが予想した以上の数の青将軍たちが集まっていた。
出陣の報に皆、嬉しげな表情をしている。

(今回は、インバス、ウィガン、デジレ、フォード、ホセ、イード、アントニオ、バーカス、イーガム……おいおい、完全に一万以上になるぞ。ブート黒将軍の側近も含まれているじゃねえか…)

顔ぶれを見つつ、そんなことを思っていると痩せた白い髪の男から声をかけられた。
目が細く痩せた肢体を持つ、隙のない雰囲気の男、イーガムだ。彼は青将軍昇格時にブート黒将軍麾下へ移っていた。

「久しぶりだな、アスター。アンタもご苦労だな。毎回毎回、ちまちました作業か尻ぬぐいばかりで。まぁそれで部下を食わせていけるんだからそれはそれで楽かもしれねえな。引退は長引きそうだぜ?」
「何だよー、嫌みか?イーガム」
「フン、せいぜい死ぬなよ。お前さんは一応俺の同期だからな」

二人の会話をとがめるように見てくるのは生真面目なフォード。
逆に面白そうに見てくるのはイード、ウィガン、デジレだ。
そこへホルグがやってきた。ブート黒将軍も一緒だ。どうやら二将軍による作戦らしいとアスターは悟った。

(ウェリスタ戦は陽動だったのか。サウザプトン戦が本命……南の小国か。後方支援担当ならいいがなー)

説明を聞きつつそう思っていたら、本当にくじびきで後方支援を引き当ててしまった。
前回の戦いではホルグ軍ごと後方支援だった。そのため、今回は誰もが後方支援だけは引き当てたくないと思っていたようで、アスターが引き当てたことを知ると皆が喜んだ。
しかし、アスターは逆に幸運だと思った。彼にとっては最前線の方がゴメンである。出世の機会は無くなったわけだが特に不満はない。

「今回も後方をよろしく頼むな、アスター」
「せいぜい死なねえようにしろよ。まぁ当たり前か。戦うことなんかありえねえだろうからな」
「ハッハッハ、全くだ。後ろで補給さえしとけばいいからなぁ」

イードやウィガンが揶揄しつつ去っていく。彼等は最前線を任され、張り切っているようだ。

「少しは言い返したまえ。悔しくないのか、君は!?」
「全くだ。一軍の将としての誇りを持て」

逆に憤慨したように叱責しつつ去っていくのはフォードとホセだ。フォードは生真面目な性格だ。言われ放題のアスターに怒りを感じたらしい。
同僚たちを見送り、アスターは小さくため息を吐いた。
誇り高く、血気盛んな他の青将軍たちとはどうしても馴染めない。それは彼にとって一つの悩みであった。


++++++++++


アスターは自分の隊舎へ戻り、麾下の赤将軍を招集した。
すでに噂は広まっていたのだろう。すぐに全員が集まった。
アスターが説明をすると、皆、それぞれに頷きあった。

「後方に布陣ですと?……前回と同じじゃのう」

のんびりと言い、白い髭を触るのは軍内部でも最高齢の赤将軍ホーシャムだ。頭部の少なくなった白髪をリボンで結うなど愛嬌のあることをする彼は、のんびりと言い、肩をすくめた。
既に腰も曲がった老人だが、当人は死ぬまで戦場で働くと言っている。新人時代に世話になった兵が多いため、誰もホーシャムに強く言えず、今に至っている。
しかし、さすがのアスターも腰の曲がった老人に部隊指揮を託すのは不安が残るため、ホーシャムの地位を軍師へと移動させ、ホーシャム部隊はローが継いだ。
ホーシャムは渋っていたが、戦場にはでれるということで納得してもらった。

「まぁ、上官命令であれば仕方がないが、ここのところ、ずいぶん前線にはでてませんなぁ」

呆れ顔でそう告げるのは大きな斧使いのマドックだ。黒々としたあごひげが特徴の大男で、実直な性格をしている。40代の彼は大きな手柄もないが、戦場経験は豊富で、仕事はきっちりしてくれるため、アスターも信頼している。

「アンタったら、甲斐性なしだねえ。少しは私たちに出世のチャンスを与えようとは思わないのかい?」
「あぁ、すまねえな」
「しょうがないねえ。けどあんた、このままじゃ駄目旦那になるよ!」
「……」

二人の会話にドッと笑いが起きる。
苦情を告げたのは30代の女性将軍のカーラだ。綺麗な金髪を惜しげもなくショートカットにしたこの女性は剣の達人でもある気の強い女将軍である。

「あー、それじゃあ一週間以内に準備をするように。今回は全体の後方支援になるから責任重大だ。しっかり頼む」
「「御意」」

アスターの命令に従い、部下達がゾロゾロと執務室を出て行く。

(まぁ今回も補給中心で終わりだろうな)

対戦国が目立った取り柄もない小国。前回のジリエーザ国戦のように、強力な戦力を持つ拠点があるというわけでもない。出るのは二人の黒将軍で部下にも優秀な者が揃っている。ハッキリ言って楽勝だろう。
アスターは自分の出番などないだろうと思い、疑いもしていなかった。