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◆月〜造られし感情の行方〜(26)


結局、二人の傭兵はノース軍に移ることとなった。
何かあったら相談に乗ると言ってあるが、恐らくその心配はいらないだろう。ノースが二人の想いを受け入れたようだったからだ。
ノースは困惑していた様子だった。ああいう形で純粋な強い想いをぶつけられたことがないのかもしれない。

(けど、良い経験じゃねえかなー)

ノースにしろ、レンディにしろ、アスターよりも若い将だ。
軍人としての経歴はアスターより長くて豊富でも、人としての経験はどうだろう。あまり他者と接していなさそうな人物たちだ。こういった人生経験は無駄にはならないのではないかと思うのだ。人を愛するということは心を豊かにしてくれる。
二人の傭兵にとても感謝されたので、アスターとしても気分がいい。
そうしてレンディの元へ行き、アスターは傭兵団について相談をした。
今回のジリエーザ戦はレンディが総責任者だったのだ。

「自治を?面倒だよ、アスター」

案の定というべきか、レンディは乗り気ではないようだった。
他の領地と同じように治めたいと思っているらしい。

「気の毒じゃねえか」
「そんなことを言っていたらきりがないよ、アスター」
「まぁなー……けどよ、あそこの地は特殊だろ。治め方も他と同じじゃダメだと思うんだよ」
「そんなことないと思うよ。変に特別扱いしたらもめ事の元になる。厄介事を抱えることになるよ」
「そうかもしれねえけどよ……」
「何で助けたいの、アスター。君はあの地に何の縁もないだろうに」
「んー……潜入していた部下ってのは俺の友人でもあるんだけどよ」
「あぁ…闇の印を持つっていう人?」
「そうだ。そいつ、お前と同じ部族の出身らしい。お前にちょっと似てるぜ。目が細いところとか」
「え……そうなの?他にも生き残りがいたんだ……」

レンディは少し驚いているようであった。
しかし、それ以上の感慨はないのか、会いたいとは言わなかった。

「あぁ、そいつがな、故郷に似ていると言って気にしていた。なぁ、レンディ、面倒事になるかもしれねえけどよ、人の情ってのは無視しちゃいけねえと思うんだ。親が子を思うように、人が人に友情を抱くように、人の情ってのはとても大切なもんだと思う。俺はあの土地が哀れだ。あの地の持つ誇りを守ってやりたい。感傷かもしれねえけど、大国の中のちっぽけな猫の額程度の土地、自治を許してやってもいいんじゃねえか?」
「………俺、殆ど故郷を覚えてないんだ」
「そうか……」
「だから今度、その本拠地を案内してくれるなら許してやってもいいよ」
「ありがとう、レンディ!!」

嬉しさのあまり、レンディへ抱きつく。
抱きつかれたレンディが驚いて硬直していたが、喜びのあまり気付いていないアスターであった。

++++++++++

戦後処理がほぼ終わる頃、レナルドはゲルプの地に向かった。
戦禍の跡は残っていたが、元々小さな地だ。復興は着々と進んでいるかのように見えた。
土地には土木建築士が来ていた。老将ホーシャムが手配した技術者らしく、地元民と共にあちこちを見て回っている。水路の建設を本格的に進めていく予定らしい。
その様子を見つつ、レナルドは本拠地内部へと入った。
裏切り者というレッテルを貼られてしまったレナルドへの視線は冷たいものがある。しかし、レナルドは大して気にしていなかった。最初から覚悟の上だったからだ。
本拠地には残務処理のため、まだシプリの部隊が残っていた。
シプリは広間らしき場所にいた。周囲には傭兵部隊の幹部がいる。仕事のためか、質素ではあるが木製のテーブルと椅子が持ち込まれており、書類が卓上に並んでいる。

「レナルド、アスターからの使いかい?それともいつもの放浪?」
「アスターからの使い」

レナルドは預かってきた書類をシプリに渡した。
そのシプリに対し、傭兵の一人が噛みつくように言う。

「んっとに、頭が固えな、あんた」
「それはこっちの台詞だよ」
「譲れねえものがあるんだよ!この地を易々とガルバドスの空気に染めてたまるか!!」

傭兵たちとシプリは意見がぶつかっているようだ。剣呑な雰囲気が漂っている。
元々シプリは誰とでも人付き合いをするタイプではない。気難しい性格なのだ。誇り高い傭兵団の幹部たちとは合わなくて当然だろう。
居合わせたシプリの部下がやれやれとため息を吐くのが見える。
その傭兵たちをほとんど無視するように書類を読んでいたシプリの表情が嬉しそうに輝いていく。

「驚いた。さすがアスターだね、あり得ない」

シプリは複数入っていた書類の内の一枚を卓上に叩き付けるように置いた。

「喜びなよ。アスターがここの自治権をもぎ取ってきてくれたよ。すでに国王印も入っている正式な書類だ。以後、一定金額をガルバドス国王に納めることにより、今後も自治が認められる」
「何だと!?」

慌てて傭兵たちが書類を読み始める。
それは誰もがあり得ないことだと思っていた。ガルバドス側のメリットが少ないからだ。
わざわざ自治を認めようとするなどあり得ない。この傭兵団が続けば強い戦力を保有することを認めてしまうことになる。絶対にないだろうと思われていたことだった。

「本当だ……」
「やったぞ!!自治が認められた!!傭兵団が存続できるぞ!!」
「皆に知らせろ!!自治が認められたぞ!!」

傭兵の一人が部屋を飛び出していき、大喜びで叫びながら走っていく。
次々に本拠地のあちらこちらから歓声があがるのが聞こえてきた。

「自治が認められれば公共工事などに制限が入り、ガルバドスの援助が得られなくなる。アスターはそのことを心配していて、戦後の混乱が続いている今の内に一気に工事を進めてしまえるよう、技術者を送り込むって言ってるよ。その受け入れを進めてくれ、だってさ。よかったね」
「何故……そこまで……」
「さぁね。ただ一つ言えることは、あいつはそういうヤツだって事さ。あんたたちもあいつと会ってるんだ、あいつがお人好しの世話好きな男だってことは判っただろう?」

正直言って、長身なところ以外、ずば抜けたところは見受けられなかった人物だった。
長い手足を折りたたむようにしてあぐらをかき、傭兵たちと同等に喋っていた。
あまり多弁な人物ではなかった。しかしこちら側の話はいつも真摯に聞いてくれた。

「恐らくレンディ様やノース様を動かしたんだろうね。あいつはね、目立たないヤツだし、ずば抜けて強いわけでもない。ハッキリ言って青将軍の中じゃ平凡だよ。けど俺はあいつほど人望のあるヤツを知らない。以前あいつを助けるために黒将軍の半数が動いたこともあった。それぐらい人に好かれるヤツなんだ。あいつは人望だけ、ずば抜けているんだよ」

こちらもやっと帰国の目処が付く、とシプリも笑みを見せている。

「礼を申し上げておいてくれ」

深く頭を下げながら傭兵団のトップに告げられ、シプリとレナルドは頷いた。
そういう伝言ならば大歓迎である。アスターも喜ぶだろう。