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◆月〜造られし感情の行方〜(24)


一方、シプリは顰め面で本拠地中心部の広間に立っていた。
彼の前にはここの幹部たちがいる。話がしたいという彼らに対応していたのだ。
他の赤将軍たちは全員出払っていて、不在だ。
自由気ままな彼らはどこでどうしているのか判らないが、あまりこういう場に向いているとはいえない。不本意だがシプリが適任といえば適任だ。ただし、穏やかな性格ではないが。
その雰囲気が相手に伝わっているのか、広間はピリピリとしたムードに包まれている。
そこへザクセンがやってきた。アスターは?と問われる。

「こっちが聞きたいよ。今、探しに行かせているけどね」

ならば興味はないと言わんばかりにザクセンはのんびりと壁に背をつけた。このままここで待つつもりなのだろう。

「話し合いは彼でもいいのか?」

傭兵団の幹部の男に問われる。
青将軍の証である青いコートを羽織っているからだろう。

「一応同格だからね、いいと言えばいいんだろうけど、あっちじゃないんだよ。
一応、もう一人の方がトップなんだ。見た目の迫力では逆だけどね」

シプリの言い様がおかしかったのか、ザクセンはクッと笑った。

「……テメエ等は運がいい」

どういう意味だと眉を上げる傭兵の幹部たちにザクセンは続けた。

「レンディは青竜の毒と酸でここを皆殺しにしたがっていた。それが一番手っ取り早いからな。それに真っ先に反対したのがうちのトップだ。民間人がいる、皆殺しはよくないとレンディを説得した。青竜の毒と酸がばらまかれていたら、この土地ごと腐って、作物も植えられなくなっていただろう。レンディを説得したうちのボスに感謝するんだな」

待つことしばらく。ようやくアスターがやってきた。
青将軍の証であるコートを羽織っておらず、古ぼけた茶色のマントを羽織っている。
武具も持たずにパンの挟まった包みを手にしている。その姿はまるで一兵卒だ。
シプリは呆れた。

「ちょっとアスター。コートはどうしたのさ?」
「昨日の戦いでボロボロになっちまってな。替えも全滅だ。パンを食べないか?肉と野菜が挟まってるから美味しいぜ」
「食べるけど、後でね!こちらの方々がお待ちかねだよ。話し合いがしたいってさ」
「あー……それなんだけどよー。どっちにしろ、結論が出せねえんだよなぁ」

ハァとため息を吐いたアスターは相手の向かいに立った。
広間だが椅子や机のような家具はない。元々訓練場の一つとして使われていた部屋なのだ。

「初めまして、俺はアスター。青将軍だ。非常時なんで見苦しい格好ですまない。一応、俺がこの軍のトップということになっている」
「ベルトランだ。ここのトップを担っている。左がオルト、右がバルディノ。うちの幹部だ」
「そうか、よろしく。…率直に言う。結論は待ってくれねえか?何しろ1、2日しか経ってねえんだ。大切なことだからそう簡単には結論をだせねえ。ここに潜入していた幹部の話も聞きてえしな。けど、レナルドのヤツ、今不在なんだ」
「うちの新入りとして潜入していたと聞いた」

悔しげな表情の相手にアスターは苦笑した。

「ああ見えてもあいつはうちの赤だ」
「赤将軍だったのか!?そんなエリートが何故危険な潜入作戦などしているんだ?」
「こっちが聞きてえよ、命じたつもりはねえんだよ。
アンタのところにもいねえか?勝手に判断して勝手によかれと思って行動するヤツが」
「………」

心当たりがあるのか、相手は黙り込んだ。
どういう組織にも自分勝手な人物というのはいるものなのだ。組織が大きくなればなるほどそれは顕著になる。
1000名もの傭兵を抱える部隊だ。似たような者がいるのだろう。

「足りていないものがあれば、うちの赤将軍に言ってくれ。ローとユーリって二人が今回、物資の在庫管理を担当している。民間人の対応はカーラって女の赤将軍に担当させているので何かあったらそいつと話し合ってくれ。民間人に関しては自宅に戻らせても構わない。拘束はしない」
「戦闘員は?」
「別に拘束はしない。逃げたきゃ逃げろと言いたいところだがそんな奴らはとっくにここから逃げている、違うか?」

元々、勝つ見込みが極めて少なかった戦いだ。命を惜しがるような者はとっくにここを捨てて逃げているだろう。
残っているのはゲルプの古狼として誇りがある戦士と土地に縁がある者のみ。
今更ここを捨てて逃げようなどと考える者は残っていないのだ。

「ショーンを返してほしいのだが…」
「ショーン?」
「そなたらに連れて行かれたと聞いている。黒髪黒目、黒い肌の若い男で戦闘員だ」
「ええ?一応調べてはみるが、捕虜の拘束はしていな………あー……もしかして、見目のいい男だったりするか?」
「そうだな、悪くない」
「カーク様だな。安心してくれ、命の保証はできる。あの方は腕と顔のいい男を側近として引き抜こうとされるんだ。まぁ一種の抜擢だと思ってもらえればいい」
「そうか…。殺される心配がないのであれば安心できる。だがやはり心配だ。できるだけ返してほしい」
「判った。伝えておく」

厳しいだろうけど、と心の中で付け加える。
カークが気に入った男を手放したという話は殆ど聞かないからだ。

「そうだ。俺も二人ほどあんたらのところの傭兵を連れていきたいんだ。ランク7のジョルジュとカーディってヤツ。二人ともガルバドス国出身らしいんで引き抜きたい。二人の承諾も得ている」
「そうか、当人の承諾を得たのなら構わない。去る者追わずというのが我が傭兵団の流儀だ」
「ありがとよ!」
「さきほど、そなたがレンディ将軍の策を止めてくれたと聞いた。ここで礼を告げるのはおかしいが、民間人の命を救ってくれたことには礼を申したい。ありがとう」
「え?ああ……こっちにも事情があっただけだ。礼は不要だ」
「そうか」
「あぁ。じゃあまた何かあったら呼んでくれ。数日はここに留まる予定だ」


++++++++++


数日後、レナルドが戻ってきた。ギルフォードに追い返されたらしい。
しかし、当人は『可愛かった』などと満足げにしているのでそれなりに幸せな時間を過ごせたようだ。おかげでシプリの機嫌が悪い。

「あのなー、勝手な行動とるなよ、びっくりするだろー」

大人しく作戦に協力してくれていたら、青に出世できたかもしれないほどの大手柄だったのにと怒ると、レナルドは首をかしげた。

「別に出世しなくていい。俺、カリスマ狩人」
「お前が出世しなくてよくてもよー。大体お前、最近全然うちの軍にいないじゃねえか。ギルフォード青将軍がいるスターリング軍に移動したいのか?」

アスターが問うとレナルドは目を丸くした。

「デーウス軍最悪!」
「いや、今はスターリング軍だから違うって。まぁ移動したくねえのなら別にいいけどよ。それならもっとちゃんと働いてくれよ、困るだろー」
「…アスター困ってた?」
「当然だろ。お前がいないと俺は困るんだ」
「……俺が悪かった」
「おう」

反省してくれたようだとアスターは安堵した。これで少しは放浪癖を収めてくれるだろう。
そうして、傭兵団のことを問うてみた。
さすがに何ヶ月か滞在していただけあり、レナルドは傭兵団の事情についてよく知っていた。視点もガルバドス側から見た者としての部分が含まれていたため、判りやすかった。

「故郷に似てる」
「故郷ってキア族の?」
「岸壁に沿って建物作って暮らしてる。岩肌を掘った部分もある。奥は薄暗い。土地も貧しい。裕福じゃない。同族愛が強い。そんなところが似てる」
「そっか……」
「故郷守りたい気持ち、判る……」
「うん……」

レナルドもいろいろ思うところがあったらしい。そのため、ここに長期滞在したのかと思い、アスターは複雑になった。

(どうにかしてやれるかなぁ……)

問題は自治を認めさせてやれるかどうかだ。
傭兵団はこの土地の人々を守るために生まれた。土地の人々の生活を守るために、傭兵団がある。自治が認められなければ、傭兵団は存続していくことができない。ガルバドスはちっぽけな土地に不釣り合いなほど強靱な戦力を許さないだろうからだ。
この土地の人々の暮らしと傭兵団を守るためには、自治を認めてもらう必要がある。
アスターは小さくため息を吐いた。