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◆月〜造られし感情の行方〜(22)


アスターは困惑して頭を掻いた。

無事、ゲルプの古狼本拠地の制圧に成功した。
制圧作戦に参加した青将軍たちも己の隊へ帰っていった。
王都制圧はパッソ軍、他地方制圧はスターリング、レンディの軍担当だ。
そのため、スターリング麾下のギルフォードも慌ただしく己の軍に戻っていった。ただし、レナルド付きでだ。
ギルフォードは少々頭が固そうな人物だ。ようするに真面目な人物なので、勝手に他軍の幹部をつれていくことはありえない。恐らくレナルドが勝手についていったのだろう。
それが容易に想像つくため、ギルフォードを責めることもできない。己の部下の勝手な行動だ。非はこちらにある。

「ったく、レナルドのヤツ。本気でスターリング将軍の軍に移動する気じゃねえだろうな…」

デーウス将軍の頃から移動したいのでは?と疑っていたが、ますます疑いを持ってしまう。
今回、レナルドは大手柄だった。ゲルプの古狼本拠地を落とすきっかけを作ったのだから、大活躍だったと言っていい。
しかし、その元となる潜入が勝手な単独行動。
そして、戦後も勝手にギルフォードにくっついていって、勝手な単独行動……となると、手柄と一緒に差し引きゼロといった感じだ。
手柄と失態を同じぐらいのレベルで悪気無くやってくれるのだからどうしようもない部下である。

ゲルプの古狼本拠地の管理はホルグ将軍に任じられた。
ホルグの軍は今回、後方支援だ。前線に出ない分、制圧した地の管理を任せられることが多くなっている。
そのため、アスターもここに残った、というより残らされた。
アスターの軍は唯一、青将軍が二人いる軍だ。そのため、制圧する地としては一番面倒なこの地を任せられてしまったのである。
他の青将軍たちは面倒事をアスターに任せることができてラッキーと言わんばかりに揚々と去っていった。

(すげえ面倒なんだけどよー)

通常、国というのは王族がいなくなれば、復興することができなくて、反乱が起きづらくなる。少なくとも今まで落としてきた国はそうだった。
しかし、今回はそれが通用しない。
ジリエーザ国を落としてもこの領地には関係がない。元々、自治を認められていた地だからだ。
そして、この地にはトップがいない。正しくはしょっちゅうトップが替わると言うべきか。
独自に決められた傭兵ランクでトップにいる人間が全体をまとめる、というだけらしく、実際の統治は上位ランクの傭兵たちによる話し合いによる管理だったらしい。

(んー、とりあえずガルバドスに反乱しなかったらいいんだよなぁ…?)

だったら、自治を継続して認めてもいいんじゃないか?と思うアスターである。しかし、そう簡単に結論を出してもいいのだろうか。
せめてレナルドが残っていてくれたなら、内部事情をもうちょっと詳しく知ることができただろうにと悔しく思う。この傭兵団とこの地の関係がよく判らなくて、治めづらいのだ。
そんなことを思って悶々としていると、二人の傭兵がやってきた。ノースに会いたいので口添えをしてもらえないかという。ノースに恩があるのだそうだ。
ノースといえば今回一緒だったカークが思い浮かぶが…。

(カーク様は勝手にいい男を物色して帰っちまったしなー……。待てよ、内部事情を聞くならこの二人でもいいのか!)

「俺が聞いたことに答えてくれるなら、ノース様との面会を手伝ってもいいぜ」
「本当か!?ありがとう!」

褐色の髪の爽やかな雰囲気の男と、繊細な顔立ちをした金髪の男は喜んで承諾してくれた。商談成立である。
どうやら何とかなりそうだとアスターは安堵した。

「それじゃ名前を教えてくれ。俺はアスターだ。あんたたちは?」


++++++++++


二人の傭兵から傭兵団についての話を聞いたアスターは、すでに夜が更けていることに気付いた。ずいぶん話し込んでしまったらしい。
部屋に入ったり出たりして、自由気ままに過ごしていたザクセンは勝手に寝台に上がって眠っているようだ。

(予想以上に難しい土地だな…)

本拠地内部は騒がしい。
アスター軍が多く入り込んでいることもあるが、怪我人などの手当てが大変なのだろう。敵味方関係なく手当てするよう命じてあるが、かなりの激戦だった。

「ザクセン」
「何だ?」

寝ているかもしれないと思った側近はあっさりと返答してくれた。

「この地の自治を認めることはよくないことか?」
「大した問題じゃねえだろ。今の国土の広さを考えればこんな猫の額みてえに小さな土地。現国王が気にかけるとは思えねえな」
「そうか…」
「だが悪しき前例となる可能性がある。ゲルプの古狼の自治を認めて、うちは認めないのか?なんて言い出す連中がいるかもしれねえ」
「なるほど」

アスターは悩んだ。本当に難しい土地だ。戦闘でも悩まされたが、戦闘後も悩まされるとは思わなかった。
どうするのが最良なのだろうか。
体は疲れているが、眠気は簡単にやってきそうになかった。


++++++++++


『狭くて痩せた土地だ。家族を養っていくために傭兵団が出来た』

岩と山だらけの土地。肥えた土はどう頑張っても生まれない。
どれだけ外から土を持ってきても、風が強いから飛ばされてしまい、根付かないという。
土は育てなければならない。作物を植えると養分が作物に吸い取られてしまって、痩せてしまうからだ。ただでさえ肥えた土を作る苦労があるのに、土自体が根付いてくれない土地ではどうしようもなかったのだろう。

(林業も無理、海も川もない、鉱物も取れない……)

そんな土地のため、外部から金を稼ぐために生まれた傭兵団なのだ。

「水車を作れば少しは違ってきそうだがなー」
「じゃのー。水は運ぶもんだ」

翌日、あちこちを見つつ、ぶらぶらと城下を歩いているとそんな声が聞こえてきて、アスターは立ち止まった。
視線を向けると、マドックとホーシャムが2、3名の部下を連れて立っていた。
二人は段々畑を見ながら、地元民らしき男たち数人と何やら話し合っている。

「おお、アスター」
「今、水を効率よく運ぶ方法を考えていたんだ」
「今時、畑に撒く水を手桶で運ぶなんて時代遅れじゃ。せっかく風が強いんじゃから風車と水車を使えばもっと効率よく運ぶことができるんじゃないかと思ってのう」
「ここは高地用の水路を作れそうだ」
「水路ができれば荷も運びやすくなるからのぅ。土も一緒に水路で運んでしまえばいい。少しはマシな作物が育つようになるじゃろう」
「風に強い木がある。畑の周囲に防風林が作れないか試してみるのもいいかもしれないな」

近年、工事関係の仕事ばかりしてきたせいで、側近である二人の工事スキルも上がっているらしい。ああでもない、こうでもない、と話し合っている。

「これからはここも大国の一部じゃ。もっと豊かにならねばのう」
「あぁ。傭兵団のプライドなど捨てた方がいい。もう負けたんだから仕方がないぞ」

残酷などあっさり言う二人に地元民が顔を引きつらせているのが見え、アスターは苦笑した。そうあっさり割り切れる問題でもないだろう。
しかし、ホーシャムたちはこのパターンに慣れている。相手の反応を全く気にしていないようだ。

「ところでアスター、お主、コートはどうしたんじゃ?」
「戦闘でボロボロになってなー」
「替えは?」
「替えもボロボロ。一日目と二日目の戦いで」

この傭兵団での戦闘は、上級印のぶつかり合いの連続だった。羽織ったコートもボロボロになった。そのため、今は茶色のマントを羽織っている。ごくありふれた一般的なマントだ。
せめて上級印を持っていたらもう少し防げたかもしれないが、通常印しか持っていないアスターは自衛するのが精一杯だったのだ。飛び抜けた反射神経のおかげで生き残れたと言っても過言ではない。
印の技が使いづらい建物内部では活躍できたのが救いだ。そうでなければ参戦した意味すらなかっただろう。
もっとも、レンディとカークという二人の扱いづらい将の相手をしてくれて助かったと影で他の青将軍に感謝されていたのだが、アスターは知るよしもない。

そこへ騎士がやってきた。アスターが呼ばれているという。

「判った。今行く」