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◆月〜造られし感情の行方〜(21)


レナルドは目の前に積まれた袋に黙り込んでいた。
男の握り拳ぐらいのサイズの巾着には、質の良い宝石が入っている。ジョルジュとカーディに預かった品だ。
隙を見て逃げろと彼らは言ってくれたが、二人は明らかに死を決めた表情をしていた。そのことがレナルドを躊躇わせていた。

(放っておくと彼らが死ぬ。でもすでにレンディが来てる……)

悩んでいるうちに本来、逃げるべきタイミングを失ってしまった。
すでに外には逃げられない。大蛇の餌食になる。
女子供は本拠地の奥にいる。土地に縁のない者たちは逃げていったが、ずっとこの地で暮らしているという民は逃げることを選ばなかった。この地に殉じるつもりなのだろう。
その姿はレナルドに過去を思い出させる。
この本拠地は岩肌に沿って作られているため、建物の奥は岩肌を掘って作られた部屋だ。その奥の部屋で震えている民の姿は、真っ暗な洞窟で死んでいった故郷の一族と重なって見えてしまう。

(哀れだ……)

そうは思うが、救うことは難しい。
この地を落とすことはすでに決定事項となっている。部隊が目の前まで来ている以上、助けようがない。
ガルバドス軍はこれまでも多くの国々を落としてきた。無惨な光景をレナルドは幾つも見てきた。この地もまた同じ運命を辿ることになった。ただそれだけに過ぎない。哀れだと思うがもうどうすることもできない以上、割り切るしかないのだ。

『今日はノース様がお好きな服を着よう』
『そうだね、白にしよう』
『見てもらえないだろうけど綺麗な姿で死にたいよな』

そんな会話を交わしていた二人を思い出す。
二人はレナルドの前ではノースを慕う気持ちを隠そうとしなかった。
そしてノースのことを語るときだけ二人の表情は輝くのだ。いつも優しげな表情を讃えるばかりのジョルジュは子供のように嬉しそうな表情になり、いつも無表情なカーディは甘い笑みを見せる。
ノースのことがとても好きなのだと判る表情だけにレナルドはどうにかしてやりたかった。
しかし、彼らは民間人以上に死が近い戦闘員だ。
ノースに会いたがっている彼らの望みもまた、適うことはないだろう。

(哀れだ……)

最後まで抵抗することを選んだ傭兵たち。
彼らと共に殉じる道を選んだ女性と子供たち。
そしてノースを慕いながらも、死を選んだジョルジュとカーディ。

この戦いはあまりにも悲しい。


++++++++++


翌日のことである。
レナルドは兵糧を運んだりして、忙しく働いているふりをしつつ、内部の状況を確認していた。

(二度目がチャンス…)

設置された武具の場所と起動方法は確認した。
設置された場所は、大広間に面した通路という微妙な場所だ。しかし敵に放つ距離や場所を考えるとそこがぎりぎりだったらしい。
一度目の発動は食い止められないだろう。むしろタイミングを量るために食い止めない方がいい。
チャンスは二度目の発動時だ。生気で動くものだから、その生気を消し去ってしまえばいい。己が持つ負の気を注ぎ込んで相殺してしまえばいいのだ。
ガルバドス側はその隙を見逃さないだろう。数秒でいい。数秒のタイムラグさえ作ってしまえば、突入してくるだろう。見たところ、彼らは青将軍ばかりだった。わずかなチャンスでも見逃すような甘い連中ではない。
動きは昼前にあった。
ガルバドス側の攻勢に内部が慌ただしくなる。
巨大な板を何枚も重ねたような武具の側に陣取っているのは三名。全員が1や2の上位傭兵たちだ。
板が一際強く輝いて、一気に消える。一回目が発動したのだ。
昨日と同じように連続で技を放つつもりなのだろう。輝きの消えた板がまたも強く輝き出す。

(今だ)

技に集中している面々に近づくのは簡単だった。
まずは手前側にいる二人に手を伸ばして生気を奪い取り、昏倒させる。
最後の一人が驚愕しているうちに負の気を武具に叩き込み、三人目にも手を伸ばして気絶させる。

「どうした!?何故発動しない!?」
「何事だ!?」
「オルト、バルディノ、ベルトラン!!一体何があった!?」

バタバタと人が駆けつけてくる。
レナルドは兵糧の袋を抱え上げて、知らぬ顔でその場を去った。時間の問題でバレるだろうが、突入してきた仲間と合流するのでわずかな時間が稼げればそれでいい。

「おい、お前さっきあっちから来ただろう?」

やはり見ていた者がいたようだ。
何しろ通路だ。視界的にあまり隠れる場所ではない。

「何が?」

知らぬ顔で答えてみたが、きつく睨み付けられた。
遠くから声がする。
突破されたぞ!!来たぞ!!という声が下から響いてくる。

成功だ。

さすがは一騎当千の青将軍たちというべきか、彼らはレナルドが作った隙を見逃さずに本拠地内部へ飛び込んできたらしい。

「チッ、内部に入ってきたか!」

目の前の傭兵にも聞こえたのだろう。焦りの表情が浮かび上がる。

「うわああっ!!」
「ぎゃあっ!!」

悲鳴じみた声が一気に近くなった。どうやら上階へ駆け上がってきた味方がいるようだ。
目の前の男がギョッとして振り返った隙をレナルドは見逃さなかった。
相手の体に触れて、一気に生気を抜いて昏倒させる。

「おいっ!!貴様っ、今何をした!?」
「貴様っ!!まさか…裏切ったか!?」

今回はハッキリと見ていた者がいたようだ。
バタバタと人が集まってくる。

「レナルド!?」
「おい、お前一体何をっ!?」

駆けつけてきた中にはジョルジュとカーディもいた。
しかし、レナルドが何をしたのかまでは見ていなかったらしく、焦った様子でレナルドを見ている。
下からの声はドンドン近づいてくる。その中によく知る声があることに気付いて、レナルドは笑んだ。
少しずつ階段の方へ後ずさる。

「ギルフォード!!」
「レナルド!!」

階段の上と下で顔を合わせる。
パッと顔を輝かせた相手は、風の印を使っていっきに階段を跳び上がってきた。その手の剣が銀色に輝く。風の印の力だ。

「退いてろ!!」
「右だけ!!」
「!?」

ぎりぎりのタイミングだったが、腕の良いギルフォードはかろうじてレナルドの要望に応えてくれた。
レナルドの目の前にいた傭兵たちのうち、右側にいたメンバーだけが風の印で吹き飛ばされる。

「おい!どういうことだ!?」
「この二人、いい男。助ける!」
「いい男!?……この浮気者が!!俺がどれだけ心配したと思っている!!大体お前はこんなところに一人で突入して、俺が一体どれだけ…!!」

いきなり痴話ゲンカを始めた二人に、ギルフォードの後から駆け上がってきた青将軍たちが呆れ顔になる。

「ギルフォード将軍!夫婦ゲンカは後にしてくださいよ!」
「制圧がまだですよ」
「遊んでいる場合ですか」
「まだ上位ランクの傭兵がたくさん残っているんですから油断は禁物です」

ギルフォードの方が格上だからだろう。丁寧な言葉で叱責しつつ、青将軍らは砦の奥へと走っていく。彼らはギルフォードと同じくスターリング麾下にある将たちだ。デーウスの元で鍛えられた彼らは全員が強く頼れる戦闘力を持っている。

そこへ新たな将たちが駆け上がってきた。今度はレナルドもよく知る者たちだ。

「レナルド、無事だったか!」
「アスター」

アスターはカーク、ザクセンと一緒だった。

「アスター、あっちの奥におっきな武具がある。板を重ねたみたいなやつ」
「例のヤツか!ザクセン、壊しに行くぞ」
「判った」

ザクセンが持つパワーならあの強靱な武具も破壊することが可能だろう。彼は光の印のおかげで壁や大岩などを破壊可能なパワーを持っているのだ。
アスターとザクセンは奥へ駆けていったが、カークはその場に留まった。

「上位の傭兵たちはどこですか?」
「奥。アスターたちが行った方向。もう他の青将軍も行った」
「おや、出遅れてしまいましたか」

カークの視線はレナルドの近くにいる二人の傭兵に向いた。
さきほどレナルドが庇ったジョルジュとカーディだ。

「久しぶりですね。……少しはマシになったようですね」
「知り合い?」
「ええ。知り合いといえば知り合いですね」

二人の傭兵は緊張した様子で黙り込んでいる。
ギルフォードは事情を知らぬ為か、怪訝そうにレナルドや傭兵等の様子を見、小さくため息を吐いた。

「話は後にしろ。ともかく早急にここの責任者を捕らえるぞ」
「責任者、さっき気絶させた」
「はあ!?」
「ここの責任者、ランク1の人。さっき武具の側にいたから気絶させた」
「すぐ案内しろ!これ以上死者を出さずに済むよう、降伏宣言を出させるんだ」
「判った」

ギルフォードに急かされてレナルドも去っていく。

「ノース様の軍は来てないと聞いた……何故ここに?」
「気が向きましてね…。レナルドからの手紙にあなた方の名があったのですよ」
「レナルド…彼は一体……」
「おや、ご存じなかったのですか。彼は赤将軍ですよ」
「赤将軍!?」
「彼があなた方を良き男だと手紙で記していたので、どう成長したのか興味が沸きまして、見に来ました。とはいえ、あなた方はオマケですが。この傭兵団は名が知られている有名な傭兵団です。良き男がいるかもしれないと思いましてね」
「……」
「ランクは?」
「7」
「まだまだですねえ……」
「…………」
「このようなところで働いて、将になれると思っていたのですか?」
「将も何も……強くなれる方法が他に思いつかなかった。ここは有名だから強くなれると思った。あの方に必要とされないなら生きる理由もない。他にやることがなかった」

主(あるじ)以外の生き甲斐を持たない存在、それが高級奴隷だ。
主に不要とされた時点で生きる意味がなくなってしまうのだ。

「お金を宝石に替えて、レナルドに預けているんだ。ノース様に渡してくれるよう頼んでる。美味しいものでも食べてくださるように伝えて」
「宝石ですか。そのような行為をあの方が喜ばれると思っているのですか?」
「自己満足だよ。私たちからだと伝えなくてもいい。使ってくださるならそちらの方がいい」

カーディの言葉に同意するようにジョルジュは頷いた。

「死ぬつもりだったのですか?」

カークが率直に問うと、二人は苦笑した。
対ガルバドス戦で生き延びられる可能性が低いことだととっくに承知していたはずだ。
この土地の人間でもなく、しがらみもない二人がそれでも残る理由はそれしか考えられない。

「ホントは…あの方の為に死にたかった……」
「裏切る予定だったんだ。けど、チャンスが無くて。武具を操る三人を殺したかったんだけど」
「今回、東側に配属されてしまって、担当区を離れるタイミングを失っている内にレナルドが動いたみたいなんだ」
「死に損ねましたね。もうこちらの勝利は揺るぎませんよ」

カークがそう告げると二人は頷いた。

「ノース様のあなた方への最後のご命令は『自由に生き、幸せになれ』というものでした。幸せですか?」

カークの問いに二人は青ざめ、顔を強ばらせた。
幸せなはずがないだろう。見目の良い二人は子供の頃から性奴隷として高く売れるよう、容姿に拘って傷一つ残らないように守られ、主を一途に愛するようにと育てられてきたはずだ。
二人は『人形』だが『人形』は純粋な性根の者が多い。ただ主だけを一途に思って、一途に愛するようにと子供のままの素直な性根を残して育てられるからだ。
子供のように純粋な心でノースを愛するよう教育された二人が、いきなり市井に放り出され、苦労しなかったはずがない。有名な傭兵団などに入っていたら尚更だ。
二人は相当苦労しただろう。その上、愛する相手もいない。主のためだけに生きるよう育てられた存在の二人が、主と引き離されて生きることが幸せだったはずがないのだ。

「……会いたい……」
「……うん…会いたい…」
「お声を聞きたい。…お姿を見たい…。…会いたい、なぁ……」
「うん……」

無言でその言葉を聞きながら、カークは改めてノースの残酷さを思った。
あの上司はごく平凡な道徳心とごく平凡な価値観を持つ、ごく平凡な異性愛者だ。
ノースが悪いというつもりはない。ずば抜けた頭脳を持つ彼は、その頭脳以外はごく一般的な人物だというだけだからだ。
一対複数という恋愛観を受け入れられない人間は多い。貴族では一般的だが、平民では珍しい恋愛スタイルなのだ。以前カークの側にもそういう人物がいた。ノースもそんな一人であり、彼は常々、女性がいいと言っており、男に興味を示さない。ノースを慕う男は多いが、全く関心を示していないのだ。
そんなノースに『性奴隷を愛してやれ』と言っても難しいだろう。一番側にいるディルクでさえ、さほど関心を持たれていないのが丸わかりなのだ。

「あいにくですが私は協力できませんよ」

カークはきっぱりと断った。
哀れだと思う。
ノースの行為が残酷だと思う。
しかし、協力できない。
連れ帰ることはできるが、ノースが受け入れるとは思えないからだ。そんなボランティアをするつもりはない。彼の興味は他の男にあり、目の前の性奴隷などではない。

だがそんな彼にも少しは情けがある。
彼は奴隷に対して甘いのだ。前回、彼らと別れたときのように、一言アドバイスを送るぐらいの情けはかけてやってもいいと思っている。

「私は協力できません。だから他の将に頼みなさい。ただし、くれぐれも私の名を出してはいけませんよ」