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◆月〜造られし感情の行方〜(20)


アスターは赤将軍たちに事情を説明し、軍をマドックに預けた。
老将ホーシャムを除いて一番年齢が高いマドックを選んだのである。
マドックは人望が高い人物である。他の赤将軍たちも特に反対しなかったため、一時的譲渡はスムーズに済んだ。

「青将軍以上で突入って怖すぎるよ。周りは上級印持ちばかりでしょ?あまり無理しないようにね、アスター」
「同感だ。気をつけろよ」
「ああ、ありがとよ。ちゃんとザクセンと一緒に行くから」

接近戦ではほぼ無敵のザクセンだ。ちゃんとアスターを守ってくれるだろう。
そうして始まったゲルプの古狼戦は最初から上級印技がぶつかり合う、凄まじい戦いとなった。
巨大な風の刃が飛んでいき、敵の地の防御陣で防がれる。
炎球が複数飛んできたかと思えば、同等の炎球で相殺される。
足元が崩れかけたかと思えば、即座に元に戻り、真横を炎の矢が飛んでいったかと思えば、氷の矢が頭上を飛んでいく。
ゲルプの古狼側は最初から捨て身で攻撃をしてきた。
アジトの至る所に入念に張り巡らされた罠、統率された部隊としての動きも無駄が無く、青将軍以上とはいえ、即席部隊のガルバドス側は苦戦を強いられることとなった。
ゲルプの古狼側は1000人近い傭兵部隊。
こちらは青将軍以上で構成された部隊のため、30人いないのだ。
一人一人の強さは段違いとはいえ、人数差は顕著に出ていた。
救いはレンディの補佐があることだろう。青竜ディンガという巨大な戦力のおかげで総崩れはせずに済んだ。

「ちょ!!近づけねえんだけどよ!!」
「チッ、予想以上に堅い守りだな」

山肌に沿って作られた本拠地は頑強だ。
風の印を使って空から行こうとすれば弓矢部隊に狙われる。オマケに投石具も備えてある。
麓から攻撃しようとすれば、印による罠と傭兵部隊の攻撃が待ちかまえている。
こちらは遠征部隊だ、長期戦は補給の問題もあり、不利となる。
戦闘に参加しているのは青将軍以上の将だけだが、それぞれ麾下の部隊を率いているのだ。今は臨時でそこから抜けているだけであり、早急に戻って指揮を執る必要があるのだ。
レンディが面倒と言った理由が判った。確かに面倒だ。あまりにも敵の守りが堅い。

「入り口の門にたどり着きさえすれば、城門を吹き飛ばしてやるぜ?」

馬車二台分ぐらいの幅がありそうな巨大で強固な門だが、ザクセンはそう言い切った。可能とするだけの力があるのだろう。

「たどり着くには一本道しかねえからな…背後が岩山である以上、そこしか突破口がない。とにかく麓から一気に駆け上がって……」
「アスター、避けろ!!」
「うぉ!?」

足元に魔法陣が浮かび上がる。印による技が発動される証だ。
そこへ飛んできた剣が地面に突き刺さった。剣に何らかの力が付与されていたのか、陣が大きく揺らいで消える。

「馬鹿野郎、気をつけろ!!」
「ありがとよ、シグルド!!」

ところがまたも足元に魔法陣が浮かび上がった。
ギョッとするアスターとシグルドがまとめて体当たりされて吹き飛ばされる。
ザクセンのフォローによって、ぎりぎりのタイミングで避けることができた二人の目の前で、敵の炎蜘蛛陣が発動し、炎を吹き上げた。
通常なら余波を喰らってダメージを受けるところだが、別の将が地の防御陣を飛ばしてくれたおかげで無傷で済んだ。

「何であのスピードで連発されるんだ!?しかも人影は見えなかったぞ!?」
「あぁ、ありえねえな。幾ら射程範囲が広い合成印技とはいえ、視界に入らない距離から放つことは不可能だ」
「二人とも、一旦退け!!態勢を立て直すぞ!!」

後方から声が飛んできた。ギルフォードだ。

「判った」
「了解!!」

そうして初日は完全な劣勢で終わった。


++++++++++


パチパチと薪の弾く音がする。
軍高位の青将軍とはいえ、最前線で食べる物は一般兵と大差ない内容だ。
たき火を囲み、パンやシチューといった定番の食事をしながらの会話は当然ながら戦闘に関するものとなった。

「空から突入できない以上、麓から突入するしかない」
「だがそうすると今日の二の舞だ。敵の上級合成印技の的となるぞ」
「坊〜、おかわりいらないか?」
「いや、これで十分だよ」

アスターの手がくしゃくしゃっとレンディの頭をかき回す。
そのやりとりを微妙そうな表情で見ているのは、ザクセンとシグルドだ。

「ずいぶんレンディを可愛がってるんだな…」
「ありえねえ。レンディ様になんだあの無礼な行動は……」

理由は全く違っていたが。

シグルドの相棒アグレスは黙々と食事をしている。
シグルドとアグレスは、アスターには手出し無用ときつくレンディに言い含められているのだ。

「予想以上に手強い。青将軍以上の編成にしたのは正解だな。赤将軍まで含めていたら死者が出ただろう」

ギルフォードの意見に賛同の声が上がる。
ギルフォードはここにいる青将軍の中ではトップクラスの功績を誇る。そのため自然と彼がまとめるような形になっていたが、反対意見は出なかった。
唯一作戦に参加している黒将軍のレンディは何も言わない。作戦時も本拠地外部を抑えることに集中しており、ほとんど別行動に近い。

「それにしても、何で見えないところから合成印技が飛んでくるんだ?そんな遠距離から発動できるもんなのか?」

上級印を持たないアスターの単純な疑問であった。
強い威力を発揮する上級の合成印技でも術者が見えないところにいるということはない。必ず発動時は見える範囲にいるものなのだ。だからこそ発動前に防ぐことができる。
竜巻のようなトルネードや渦巻く花火のような風華陣(ライ・ガ)ならばまだ判る。あれらは動きがあり、移動する技だからだ。
しかし、今回は敵もそのような技は使えない。あまりにも地形的に狭い上、田畑や民家が広がっているからだ。

「『神々の手の平(ロウ・アティリオ)』だよ、アスター」
「何だって?」
「ゲルプの古狼に伝わっているという武具さ。そうだね……詳しくは、君も聞いているんじゃないかい?カーク」

レンディに話を振られたカークはあっさりと頷いた。

「ええ、ノース様に聞いております。人の生気を動力とするために一人で使えるものではない。容易に動かせるサイズでもない。剣や槍ではなく、砲台に近い働きをするものである、と。
ただ、具体的にどのようなものであるかは不明であるということで聞いてはおりませんでしたが、印を放つ補助に使用するもの、というのであれば納得がいきます」

その時、何かを答えようとしたレンディは唐突に空中に視線を向けた。
そして少し困惑したような表情でアスターを振り返った。

「アスター……君の部下は闇の印を持っているのかい?」
「あぁ、そうだけどよ」
「ふぅん……君の部下からの伝言だよ。二度目の発動は食い止める、だって」

どうやらレナルドから連絡が来たらしい。恐らく見えない友人の力を借りたのだろう。

「え?それって、その砲台みたいな武具のことか?」
「恐らくね。そうと判れば話は早い。初回の発動さえ食い止められたら、遠慮無く飛び込めばいい。建物内部では破壊力の大きい上級印技は発動できない」
「だな!ギルフォード青将軍、それでいいか!?」
「レナルドは無事なのか?」
「連絡が来たから大丈夫なんだろ。ただ、早めに助けねえと、明日、発動の邪魔をしたら素性がばれるだろうし」
「あぁ」
「ともかく明日が勝負だ…」