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◆月〜造られし感情の行方〜(18)


一方、ガルバドス国。
ジリエーザ戦に参戦するのは、レンディ、スターリング、ホルグ、パッソと決まった。
アスターにとっては久々の出撃となるわけだが、上官であるホルグはあまり喜んでいなかった。何でも後方支援役を引き当ててしまったことが原因であるらしかった。
アスターにしてみれば後方支援は危険性が少ないためにありがたいことであり、あまり残念には思わなかった。
そうして出撃のために慌ただしい日々と過ごしていると、友人兼部下のシプリが不機嫌そうにやってきた。

「あのさ、アスター。レナルド、帰ってきた?」
「いいや、会ってないぞ」
「そっか。もし戻ってきたら、兄貴が心配してるって伝えてくれる?」
「あぁ、判った」

兄貴がうるさくて。毎日問うてくるんだよ。いっそ、このまま自然消滅してくれりゃいいんだけど、などとぼやきながらシプリは部屋を出て行った。
ギルフォードが所属しているスターリングの軍も今回は出撃する。当然ギルフォードも同じぐらい忙しいはずだ。そんな中、弟に問うてきているということは、よほど心配しているのだろう。

(無理もねえよなぁ…結構経ってるからなぁ)

前に会ってから、すでに2,3ヶ月経っている。さすがにこれほど長期間戻ってこないとは思わなかった。何事もなければいいのだが。

(さすがに放置しすぎたかなー……けど、あいつの捜索に割ける人数なんていねえぞ…)

出撃前の慌ただしい時期だ。そんな時期に赤将軍捜索などやっている余裕はない。それにレナルドのことだ、いつの間にかひょっこり帰ってきそうな気がする。
そんなことを考えていると思わぬ来客があった。なんとカークが面会を求めているという。
慌てて執務室へ通して、菓子とお茶を出す。

「おや、アプリコットティーですね。なかなか美味しいですよ。腕が上がりましたね、アスター」
「ありがとうございます」

何とか及第点を貰い、安堵する。
カークの用件はいつもの用件であった。
他国への遠征を頑張るように。もちろん抜かりなく、よき男を捜すように。特に傭兵団はチェックだ、上位ランクに属する傭兵はなるべく捕らえられるよう努力するように、と言い含められる。
判りましたといつものように頷いていると、背後で大きな物音がした。
何かあったかと振り返ると、執務机に山積みになっている書類の一部が雪崩を起こして床に落ちていた。出撃前なのでとにかく書類が多いのだ。

「うわ!すみません、ちょっと失礼します」

慌てて拾い集めていると、隣から手が伸びてきて、書類の一つを拾い上げた。

「おやおや、ずいぶん個性的な文字ですね。まるで子供の練習のようです。…………アスター」
「はいっ」
「これは誰からの報告書ですか?」
「ええと……あー、それは報告書というより手紙です。部下がデーウス様とセルジュ様のところに使いへ行ってまして、そこから送られてきました」
「あの二人の元にジョルジュとカーディがいるとは思えませんね。デーウスが引退して一年も経ってませんから。……ということは傭兵団の方ですか。あの傭兵団に入るとはなかなかの行動力です。少し見直しましたよ」
「は……?何のことですか?」
「アスター、貴方は今戦力が欲しいですよね?」
「はぁ、もちろんいつでも欲しいですけど。特に将軍位は足りてませんから」

麾下の将でも分けてくれるのだろうかと少し期待するアスターへの返答は、全く予想の範囲外のものであった。

「喜びなさい。この私が今回に限り、貴方の麾下に入ってあげましょう。やはり有名な傭兵団の男はこの私自ら確認しないと気が済みませんからね。さぁノース様にこの私を貸してほしいと依頼しなさい。その依頼状を私がノース様へ直々に持っていって差し上げましょう」
「ええっ!?」

さきほどまで『いい男を捕らえてこい』と命令していたというのに、いきなり気が変わったらしい。
どうしても傭兵団の男を我が目で見なければ気がすまないという。ようするにくっついてきたいのだろう。

「今回、ホルグ軍は後方支援部隊ですよ、カーク様!」
「問題ありません。レンディが行くのでしょう?レンディと一緒に出撃しますから、アスター部隊の邪魔はしませんよ」

だったら何故アスターが依頼する必要があるのかとアスターは疑問に思った。アスター軍と同行しないのであれば、最初からレンディに依頼してもらえばいいのではないだろうか。
その疑問は表情に出てしまったらしい。カークはあっさりと答えてくれた。

「どうもレンディと喧嘩なさったようなのです。今レンディの名を出したら怒られます」

レンディとノースの不仲は有名だ。出撃前の話し合いで何やらやり合ったらしい。

「大丈夫ですか?」

どうにもカークには逆らえない。
しぶしぶ依頼書を書きつつ問うたアスターにカークはにっこりと笑んだ。

「大丈夫ですよ、いい切り札が見つかりましたから」

カークがひらひらとさせたのは友人からの手紙だ。アスターはギョッとした。

「それが切り札なんですか!?まさか!?」
「おや、判りませんか?まぁ無理もないかもしれませんね。アスター、この手紙の主は恐らく傭兵団に潜入していますよ」
「は!?」
「もしかすると何らかの事情で帰ってこれないのかもしれませんよ」

さすがにそんな突飛なことはしないだろうと思うが、不思議な行動を取ることが多い友だけにハッキリと否と言うこともできない。
確定ではありませんがね、というカークに半信半疑ながらも友人の身が心配となるアスターであった。