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◆月〜造られし感情の行方〜(17)


有能な新人として一気に名を上げたレナルドは、やたらと話しかけられるようになった。

『股間を一撃したらしいな』
『ありゃ反則だぞ。男としてやっちゃいけねえ行為だ』

というものから

『なかなか強いらしいな』
『強いやつは大歓迎だ。お前は出世できるぞ、頑張れ』

という純粋な励ましまであった。
そしてその日の夜、レナルドはジョルジュに、一緒に酒を飲まないか、と誘われた。

「いいワインがあるんだが本数が少ない。食堂で飲んだら皆に狙われるから部屋でどうだい?」

ここに来てからずっと禁酒状態だったレナルドは嬉しく思い、誘いに乗った。
そうして向かった部屋にはカーディがいた。二人部屋を使用しているらしい。
ここでは部屋には使用費がかかるという。
それは給料天引きであり、今レナルドが使っているような数人部屋が一番安く、個室は高いという。
二人の部屋は綺麗に整っており、壁側には大きめの鏡がかかっていた。男所帯にしてはずいぶん整っているという印象を受けた。

「あのさ、レナルドはカークを知っているのかい?」

つまみはチーズ。ワインは赤ワインのみだったが、酒を飲みたかったレナルドは何の文句もなく、ありがたくワインを頂いた。

「知ってる」

ジョルジュの問いにレナルドはあっさり答えた。カークは有名人だ。特に隠す必要を感じなかったためである。

「えっと、何で知ってるんだ?お会いしたことがあるのか?」

少しそわそわした様子で問われ、レナルドは思案顔になった。さすがに正直に答えたら正体がばれるだろう。それぐらいの分別はレナルドにもある。

「……元、上司」
「ガルバドス軍にいたのか?」
「徴兵された」
「ガルバドス国民だったのか。ここにいていいのか?祖国にいた方が今回は有利だろうに」

戦闘時は帰国する予定と正直に言うわけにもいかず、レナルドはどう答えようか迷った。
しかし、悩んでいるうちに面倒くさくなった。元々、頭を使うことは得意ではない。慎重派でもないのだ。
悩んでいるうちにジョルジュが口を開いた。

「まぁ…それぞれ、ここに来た事情があるよな…」

自嘲気味の声にレナルドは少し興味を持った。
少し容姿に拘る雰囲気がある、傭兵にしては少し変わった気質の二人だ。
何故ここにいるのか疑問だったのである。

「顔、怪我するの嫌いなら傭兵向いていない」

本音だ。そしてレナルドが二人に感じる最大の疑問でもあった。
顔が傷つくのが嫌ならば他職を選べばいいのだ。傭兵に拘る必要があるとも思えない。
レナルドのように軍職をやめられなくなった理由があるとも思えない。傭兵は縛られることのない気楽な職業だ。

「強くなりたくてさ。本当は将になりたかったんだよ」
「……将……」
「そう。将軍様になりたかったんだ。けど軍に入るツテもなくて、とりあえず強くなるためにここに入ったんだ。傭兵団としては最強と名高いところだから、ここに入れたら強くなれるだろうって思った」

軍事大国ガルバドスでは軍人の権力が強い分、軍人に憧れる者が多い。少年ならば一度は夢見るのが色つきのコートを羽織る将軍職だ。
ジョルジュの言葉は子供が夢見る台詞と同じ類のものだったため、レナルドはあっさりと納得した。
ガルバドスの王都をコート付きで歩けば、『赤将軍様かっこいー』と子供に言われることが多い。そのため子供に憧れられる職だということはレナルドも知っていた。

「ねえ……徴兵されてたときにカーク様にお会いしたことがあるの?」

カーク様が『顔重要』っておっしゃってたこと、聞いたことがあるんでしょ?とカーディに問われ、レナルドは頷いた。

「ある」
「じゃあさ……。ノース様にお会いしたこともあるの…?」

少し躊躇い気味な口調で、しかし熱が籠もった眼差しで問われ、レナルドは頷いた。

「お元気だった?」
「元気だった」
「いつ頃お会いしたんだ?」
「結構前。半年ぐらい経つ」

会ったというより、見た、というべき邂逅だったが、レナルドはご丁寧に説明はしなかった。
彼にとってはさほど重要ではなかったためである。

「半年前!どんなお姿だったんだ?」
「軍服……」

アスターのお供をしていたときに軍の公舎でチラッとすれ違っただけなのだ。

「そうか、お仕事をなさっておられるときだったんだな。少しは背が伸びておられたか?」
「背……。あの人、小さい」
「あぁ、確かに背はあまり高くない方だけど……。そうか、まだ小柄なのか」

まだ伸びられるかなぁ?と呟くジョルジュに、レナルドは『難しい』と答えた。
ノースは二十代前半だ。年齢を考えるともう成長期は終わっているだろう。それに加え、彼にはどうも伸びる要素がなさそうなのだ。

「あまり食べない人らしい」
「そうなんだ?」
「アスターがそう言ってた」
「アスターって誰?」
「青将軍やってる」
「そうなんだ。その方、ノース様と親しい方なのか?」
「たまに呼ばれてる」
「呼ばれてる………。あ、あのさ、その方に頼んだら……ノース様に届け物…してもらえるかな?」
「届け物?」
「変なものじゃないさ。毒とかだと、届く前にどうせバレるだろ?お金だよ」
「金……」

ちょっと恩があるからお渡ししたいんだ、という二人に、レナルドは納得した。
ノースに恩があるというのであれば、ノースの話を聞きたがったことに納得がいく。
人望では有名なノースだ。どこかで助けられたのだろう。ノースの方が覚えているかどうかはともかくとして。

「もうすぐガルバドスとの戦いがある。死ぬ前に君に預けるから頼むよ」
「君が危なくなったら、ここが落ちる前に君だけでも逃がしてあげる。だから必ず届けて」

思わぬ言葉に、何故そこまでしてくれるのかとレナルドは驚いた。
彼らはここの傭兵だ。ガルバドス戦では敵となるはずだ。なのに口ぶりではノースの方が大切なようだ。いくら恩人とはいえ、そんなことでいいのだろうか。
しかし、二人は全く気にしていないようだ。

「よかった……。君に会えて。少しはあの方のためになれそうだ……」
「お金は無駄にならないからね。死ぬ前にあの方のお役にたてそうで本当に良かった」
「レナルド頼むよ。一割は君がもらっていいから必ず届けてくれ」
「戦いでは君を守ってあげるから。悪い話じゃないだろう?」

確かに悪い話ではない。いずれレナルドも故国に帰るつもりだ。この傭兵団には忠誠心などないのだから、二人からの依頼は良いばかりの話だ。
しかし、どうにもすっきりしなくて、レナルドは首をかしげた。

「一割より、ワインがいい」

ランクが低くて酒が飲めないのが辛いのだ。そうレナルドが言うと、二人は笑った。

「酒の方がいいのか。いいよ、また探しておくよ」
「ここは穀物酒の方が手に入りやすいんだ。それでよければすぐ渡せると思うよ」