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◆月〜造られし感情の行方〜(16)


翌日、レナルドはそれまで参加していた新人訓練ではなく、4〜7までのランクの傭兵たちが参加する訓練に出るよう命じられた。
ラシルとディオには羨ましそうな顔をされて見送られ、レナルドはその訓練場にてある程度動きを見られた後、乱戦訓練に参加するようにと言われた。
それは10人単位である模擬戦であり、何を使ってもよいという。
つまり槍だろうが剣だろうがナイフだろうが斧だろうが、いいらしい。
当然、武具は刃が潰してあるものを使用するが、それでも怪我するときは怪我をする。
しかし、それさえもOKだという。そうでなくば訓練にならないからだという。とことん実戦方式なのだ。

「強いヤツが生き残り、弱いヤツが死ぬ。容赦は無用だ。どんな方法でもいいから勝ち残れ」

そう説明してくれた傭兵はランク3のベルムドと名乗った。年齢は三十代後半といったところだろうか。黒っぽい髪に同色の目で長身ではないがバランスの良い体格で腰には湾曲刀を下げている。全体的にラフな姿は傭兵というより海賊のような雰囲気があった。ここには指導目的でよく顔を見せているらしい。

「新人。お前は一分以上残れば褒めてやる」

レナルドは弓矢使いの上、入ったばかりの新人であるため、勝ち残りは無理だと思われているらしい。
新人用の訓練場よりも広いその広場は、本当にただの野外の広場だった。
ただ、だだっぴろくて、何もない。周辺も柵や塀すらなかった。背後は山で、周りは畑とあぜ道だ。
そして、そこには100人前後の傭兵が集まっていた。4〜7というのは、この傭兵団においてもっとも人数が多いランク帯であるらしい。しかし、個人訓練を行う傭兵も多いらしく、ここにいるのが全員というわけではないらしかった。
傭兵団は全部で1000名近い人数がいるらしい。それを考えれば確かにここにいるのは一部だろう。

「あー、危なかった。顔を怪我するかと思った」
「気をつけろよ」
「もちろん」

顔を気にしているのは、レナルドの前の組に入って、乱戦に参加していたカーディだ。人形のように愛らしい容姿の彼は顔を大切にしているらしく、傷つかなくて良かったと言いながら汗を拭っている。
レナルドが見る限り、なかなかいい動きをしていたが、己より体格の良い相手を倒す決定打がなかったために最後は吹き飛ばされていた。
ジョルジュはそれより前の組に参加していて、なかなか善戦していた。

「顔重要」

レナルドがそう言うと、カーディは少し驚いたようにレナルドを振り返った。
ジョルジュが笑む。

「君もそう思うかい?皆、顔を気にするなんて女じゃあるまいしってバカにするんだけど、大切だよね」
「大切。いい男、顔重要」
「だよね!」
「カーク様、そう言ってた」
「え…?」

何気なく口にした言葉に、二人が凍り付いたように動きを止める。
その間にレナルドは次に参加する者として名を呼ばれたため、そのまま訓練場の中央へと進み出た。
すると参加者の中にショーンがいた。

(いい男発見)

この男だけは顔を傷つけないようにしようとレナルドは密かに決意した。


++++++++++


乱戦で弓矢は使えない。そのことをレナルドは経験上、嫌と言うほど知っている。
レナルドは戦闘開始を告げられた直後、弓をそのままショーンに投げつけた。
同じ弓使いでありながら、予想もつかぬ行動に出たレナルドにショーンが驚愕する。レナルドは相手が意表を突かれた隙を見逃すことなくロープを手にすると、相手を一瞬にして縛り上げた。

(まず一人)

次に比較的近くにいた剣使いの側に飛ぶ。
同じようにロープを投げるが相手はショーンより腕が良かった。剣ではじき飛ばされる。
しかし、それもまた予測済みだ。

(遅い!)

動きは悪くないが、あくまでも悪くない程度でしかない。スピードにおいてはアスターやシプリより遙かに劣る動きであり、レナルドには容易に避けきれる剣の動きであった。
そのまま懐に飛び込んで一撃し、気絶させる。
奪った武器を観客席に飛ばす。側に置いていたら他の者に使用される危険性があるからだ。
突然飛んできた剣に驚きながらも、さすがに有名な傭兵団に所属する者たちだけあり、容易に避けている。

「すげえぞ、あいつ!動きがいい!」
「本来は弓使いだろ!?びっくりしたな!」

そんな声が観客として見守っている周囲から聞こえてくる。

そうして次に対峙した相手は槍使いだった。
槍という武器はアスターが使う長棒に似ている。そして剣よりも動きが遅いために乱戦時は有利ではないとレナルドは知っている。アスターが生き残っているのは彼がずば抜けて強いからだ。

(余裕!!)

少しだけ槍の動きをとめればいいのだ。その間に懐に飛び込んでしまえば勝てる。

瞬く間に三人を倒したレナルドにワッと歓声が上がる。

「うは!!すげえな!!」
「おもしれえ!!」

思いがけぬ強さを見せるレナルドに、見ている方も大喜びだ。
その間に他の参加者たちも倒したり倒されたりして、人数を減らしていた。

「強いなぁ新人?」
「さぁて俺たちに勝てるかな?」

そう言う男二人はそっくりに見えた。どちらも剣使いだ。容姿的に双子なのかもしれない。

レナルドはベルムドを振り返った。

「一分経った」
「あぁ経ったな。お前がここまでやるとは思わなかった。こいつらも倒せたらご褒美をやるよ」

ベルムドは面白そうな顔をしている。強い新人が入ったことが嬉しいのだろう。

「判った、勝つ」

一対複数などという戦いは、戦場では当たり前にあることだ。過酷な戦争を生き抜いてきたレナルドはとても慣れている。

(アスターとシプリより強いヤツ、いない)

いつも一緒の友の方が遙かに強い。そうなるとレナルドの敵ではない。
レナルドは勝利を確信しつつ、よく似た容姿の二人に対峙した。


++++++++++


「ご褒美」
「いや、お前…。…お前なぁ……ありゃないだろ」
「ご褒美。俺、勝った」
「いや、確かに勝ったけど、お前、あれはないだろ。気の毒すぎるぞ」
「容赦は無用。どんな方法でもいいって言った」
「言ったけどな、股間を蹴ることはないだろ!カミロのやつが男として立ち直れなくなったらどうするんだ、お前は!」

一部始終を見ていた男たちは殆どが気の毒そうに、運ばれていったカミロを見送った。
爆笑しているのは一部の女戦士を含む傭兵たちだ。カミロはあまり女癖がよくない男で、女性には好かれていなかったらしい。『いい気味』『少しは懲りてくれたらいいんだけど』と笑いながら話していた。
やられたのが俺じゃなくてよかった、と青ざめながら言ったのはカミロの兄ラウィだ。彼は腹部をやられて気絶しただけだったので、股間は無事に済んだ。

「……責任とって治療手伝う」
「治療ってお前、医者じゃないクセに何をする気だ」
「勃つまで手伝う」
「勃つまでってお前なぁ……。もしかしてお前、カミロを狙ってるのか?」
「狙うって?」
「カミロの恋人になりたいのかって聞いてるんだ」
「俺、恋人いる。らぶらぶ」
「はあ!?恋人いるなら手伝ったらダメだろーがっ!」
「じゃあ責任は?」
「とらなくていい。とるな!怪我するのは自己責任。怪我したくなきゃ強くなれってのが、うちの方針だからな!」

じゃあご褒美は?とレナルドが問うと、ベルムドは、しつけえなぁ、と言いつつ、何が欲しいんだ?と問うてきた。

「ショーン」
「は?ショーンが欲しい?お前、恋人いるんだろ?」
「いる」
「じゃあ、なんで欲しいんだ?」
「いい男だから」

カークへの土産用なのだ。
いい男は見つけたら捕まえて連れ帰らねばならないのだ。そう言われている。

「浮気か。あー、持ってけ、持ってけ。ただし、人間関係のもめ事には俺はかかわらねえぞ。恋人と喧嘩になったら自己責任で解決しろよ」

投げやりに言われた言葉で許可を得たレナルドは頷き返した。
浮気と言われるのは不本意だが、身柄は貰い受ける事が出来たために不満はなかった。

「ショーン。お前、もらった。今日から俺の」
「なんだそれは!?俺自身は許可してないぞ!!」

けんもほろろに素っ気なく断られたが、帰国する時に連れ帰ればいいのである。
諦める気は全くないレナルドであった。