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◆月〜造られし感情の行方〜(14)


ゲルプの古狼は有能な傭兵団として知られている。
地理的にはウェリスタとガルバドスの境にあるジリエーザ国に位置し、傭兵団本拠地がある一帯は自治が認められている。
傭兵団が治めている土地は狭い。せいぜい村程度の土地だろう。
しかし、その土地こそがゲルプの古狼という有能な傭兵団を生み出した土地なのだ。
何の産業もなく、岩山と痩せた荒野が続く土地。
一家を養うための実りすら手に入らない荒野。その荒野で生きていくために男達は戦いに出た。傭兵としての収入で家族を守るためだ。
その後、男達は数々の苦難を越え、自らの傭兵団を作り出した。
傭兵団は名が知られるようになると仕事や人が舞い込むようになった。
そうして傭兵団は少しずつ人が増えていき、大きく成長していった。
そして大陸中に名が広まり、今がある。


ゲルプの古狼に入るためには入団試験をクリアする必要がある。
有能な傭兵団として名を知られるだけあり、入団試験は厳しい。簡単にクリアできるものではないのだ。
戦場経験が豊富なレナルドは入団試験を受け、無事、受かることができた。
数十人が受けた中で合格者はレナルドを含めて三名であった。

(スパイ作戦、まずは成功)

現在、ゲルプの古狼は積極的に入団者を募っているのだという。理由はガルバドス戦に備えるためだそうだ。
しかし戦力にならない者をいれても意味がないということで入団試験は変わらず続けているのだという。
岩山を背に作られた小さな要塞のような本拠地は、迫る戦いの厳しさを反映してか、ピリピリとした雰囲気に包まれていた。
ゲルプの古狼は実力によって1から10までの階級に分かれている。
レナルドは行われていた入団試験後、最下位の10にランク付けされていた。
今後仕事をこなしていき、実力が認められればランクも上がっていくだろうと説明を受けた。
一緒に入団したのは他に二人いた。二人とも20歳前後に見えた。
一人は短い黒髪黒目のラシル。一番多い武器である剣使いだ。
もう一人はディオ。やはり剣使いで少しクセのある褐色の髪と黒い目をしている。
二人とも傭兵団に憧れていたらしく、やっと入団できたと喜んでいる。何度か試験に落ちた経験があるらしい。

「お前は何度目だ?」
「はじめて」
「…す、すげえな。そう見えないのによ」
「俺、カリスマ狩人」
「それ傭兵じゃねえじゃん!」

つっこみを入れられつつもレナルドは全く周囲に疑われることなく、新人傭兵としてゲルプの古狼に入ることができた。
岩肌ばかりの山に作られた本拠地からは、麓の光景が見える。
周辺は緑豊かではなく、荒野に緑が点在しているように見受けられるような土地だ。その上、盆地と言えぬほど狭い。その狭い土地に段々畑が作られている。この地に生きる人々の苦労が忍ばれる光景だ。

「元々、大地から得られる実りは少ねえんだ。だから傭兵の収入が中心となっている」

そう年配の傭兵は説明した。
男たちが傭兵として働きに行き、収入を得て帰ってくる。そうやってゲルプの地は守られてきたのだそうだ。

「ゲルプを生かすために傭兵がある。傭兵のためにゲルプがあるんじゃねえ。この土地を守るための傭兵が他の地に移転するなど本末転倒だ」

その傭兵は移転反対派らしい。

「話の分かる奴がガルバドス側にいてくれりゃいいんだが、このままじゃゲルプは滅ばされる前に分裂しておしまいだ」

そうぼやく傭兵たちの話をレナルドは無言で聞いた。
ゲルプという土地の貧しさはレナルドに故郷を思い出させる。
民族文化を守りながら、静かに生きる故郷がレナルドは好きだ。
同じようにゲルプも傭兵団という伝統を守りながら一生懸命生きている。
傭兵達は土地を守るために戦い、収入を得て戻ってくる。それを待つ民は戦士のために心づくしのもてなしをして、土地を守り続けているのだ。

(でも、ジリエーザ国戦はほぼ決定だ。この国は滅ぼされる)

アスターが『年内確実』と言っていた。そう麾下の将に教えた理由は『出撃せねばならないかもしれないから準備しておけ』という意味を含んでいた。
レナルドは隊を持っていないので何の準備も必要がない。そのため、気楽にこんなところまで足を伸ばしているが、シプリやマドックといったアスター軍の中核を担う同僚たちは補給や隊の編成などについて話し合っていたりして、忙しそうだった。

ジリエーザはウェリスタ国との境にある国の一つだ。
今までは大国ウェリスタを刺激しないためにか、積極的に攻勢に出ることはなかった。
しかし、近年は違う。それだけガルバドスが国力をつけたのだ。
現在、ガルバドスには名だたる将が揃っている。彼等が本気でジリエーザ国に攻めてきたら、ジリエーザに勝ち目はない。それだけの国力差がある。
しかし、ジリエーザにはゲルプの古狼がある。
強い将の存在は戦局をひっくり返すことがある。強い上級印持ちが複数いれば合成印技で中隊ぐらいは吹き飛ばせるのだ。そのためにガルバドスも警戒している。
昨年、ガルバドスは最高位の黒将軍が何人か代替わりした。
対ジリエーザ戦は代替わりした黒将軍にとって最初の大きな戦いとなるだろうと言われている。そうなると新しい黒将軍であるスターリングとアニータが出てくる可能性が高い。それぞれ勇と印に優れた将だ。組み合わせのバランスもいい。

(あと、レンディは確実にでてくる…)

ガルバドスが誇る不敗の二将、レンディとノース。
知将ノースは最近、別の大きな戦いに出たから判らないが、青竜の使い手レンディは参戦していない。だからレンディが出てくる可能性が高いのだ。
レンディが参加する戦いは敵の死亡率が高いと言われている。彼の竜は大量虐殺が得意というとんでもない竜なのだ。

(武具、どこにあるんだろう…)

簡単にいくと思っていた武具の破壊は、肝心の武具が見つからないため、実行できていない。
いつも一緒にいる同族の霊たちは、今、一体しかいない。いつもは三体いるのだが、残る二体はガルバドスの王都に残ったのだ。彼らがレナルドと一緒にいる最大の理由は『レンディを見守るため』なので当然の選択とも言える。一人だけはレナルドを心配してついてきてくれたが、武具の捜索に関しては、肝心の武具自体がどんなものだかよく判らないと言われてしまい、思うようには進んでいなかった。

「おーい、新入り。武術訓練を行うぞ、来い!」

呼ばれて行ってみると、山肌を削って作ったとおぼしき広場に十数人の傭兵たちが集まっていた。
年齢もバラバラなら性別もバラバラだ。明らかにこの土地の出身と思える人物もいれば、貴族出身じゃないかと思えるような容姿も格好も傭兵らしくない雰囲気の人物がいる。
実力があれば入れる傭兵団だ。地元の者ばかりではないらしい。
レナルドの目的は武具の破壊だ。当然ながらこの傭兵団のメンバーには興味がなかったが、目はしっかりと男たちの容姿を捕らえていた。

(いい男、いる……)

無意識に腰に付けたロープに手を伸ばしつつ、『捕らえてはいけない』のだと思い出して引っ込める。
ここに集まっている十数人ほどの傭兵たちの中で、レナルドの目に合格した容姿を持つ者は三名いた。
一人は柔らかそうな褐色の髪に翠の目の男。優男風の雰囲気だが、模擬戦時には場を圧倒する殺気と動きを見せていた。剣の腕はかなりのものらしく、周りにも高評価を受けていた。年齢はレナルドと同世代ぐらいだろう。
二人目はその男と一緒に行動しているように見えた。とても綺麗な金髪をしているが、それを惜しげもなく短く切っている。男ではあるが、女性のように愛らしい顔立ちをしている上、唇など桜色だ。当然ながら周囲には揶揄するような言葉を投げかけられているが、全く相手にしていない。常に冷ややかな眼差しを周囲に向けている彼もまた、なかなかの剣使いであった。一人目の男ほどではないが、スピードでは勝っているだろう。見事なレイピア使いであった。
三人目の男は弓矢使いであった。黒い髪に黒い目、肌もよく焼けていて黒い。もしかすると焼いておらず生まれつきなのかもしれない。
黒豹のような雰囲気のある野性味溢れたその男は同じ弓矢使いということでレナルドと一緒に訓練をした。
相手は無口で無愛想だったが、そんなところもレナルドの興味を引いた。カークが好きそうなタイプじゃないかと思ったのだ。

レナルドは気になった三名にのみ、名前を問うた。

「俺、レナルド。アンタ名前は?」
「俺?ジョルジュだよ」

一人目の男はニコリと笑んで答えてくれた。愛想の良い男らしい。

「あんたは?」
「カーディだよ」

ジョルジュの隣にいた金髪の男は面倒くさそうに答えてくれた。愛想の無さでは一人目の男と正反対である。
そうしてレナルドは三人目の男の元へ移動した。

「俺、レナルド。アンタ名前は?」
「あぁ?……ショーンだ」

やはり面倒くさそうな反応だったが一応答えてくれた。
とりあえず王都への土産が出来たようだ。念のため、持ち歩くロープを増やした方がよさそうだ。
この三人は持ち帰らねばならないと考えるレナルドはすっかりカークの教育に染まっていたが、当人は全く自覚がなかった。