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◆月〜造られし感情の行方〜(12)


ディルクが、ジョルジュとカーディの二人と再会したのはその地方業務の最中のことであった。
二人は今、『ゲルプの古狼』にいるという。有能な傭兵団で有名なところだ。

(相当、努力したようだな…)

甘え上手だったジョルジュは背も伸び、精悍さの見える青年となっている。
ふわふわした少女のようだったカーディは鋭い視線を持つ貴公子のような剣士だ。
どちらも主に解放された後、血の滲むような努力をしたのだろう。でなければ有名な傭兵団に入れるわけがない。

「一緒に来るか?」

そう問うたディルクに二人は首を横に振った。

「ご主人様は将を欲しておられるんだろう?俺たちは将にはなれない。隊の指揮の仕方や騎士としての知識がないからさ」

一人一人としての戦闘能力ならあるが、隊は指揮できないからと戻れないという。
確かにその通りだ。ノースは頭のいい部下を好む。ジョルジュとカーディでは無理だろう。

「あのさ。ご主人様に愛してもらえたか?」

ジョルジュに問われ、ディルクは言葉に詰まった。

「一度だけなら。あの方は俺を将として欲しておられるから」
「そうか。けど、いいなぁ……。俺もご主人様に触れてみたい」
「……」
「お声を聞きたい。…お姿を見たい…会いたいなぁ………」

切ない声にディルクも胸が痛んだ。
既に数年が経つ。
その間、ディルクはずっとノースの側にいられた。触れることはほとんどなかったが、声を聞き、姿を見ることはできていた。
しかし、ジョルジュとカーディはそれすら許されなかった。いつかノースの力になれるようにと力をつけ続けるばかりの日々だったのだ。

「まぁ、いいや。もうすぐ俺らも会えるかもしれないし。そろそろ、ジリエーザに来るだろ?」
「あぁ」

ジリエーザ国にゲルプの古狼の本拠地はあるのだ。
そしてそのジリエーザは東の大国ウェリスタとの境に位置する国の一つだ。

「俺たち、その時、ご主人様の力になるから」
「ゲルプは敵に回るだろう?」
「うん、けど俺たちはご主人様の力になる。そのためにゲルプにいるんだ」
「……お前ら……」

二人はノースのため、いざというときはゲルプを裏切ると言っているのだ。
そんなことをしたら待ち受けているのは死だろう。ゲルプは有能だ。それだけに裏切り者を許すとは思えない。

「役立たずのまま、死にたくないんだ。何らかの力になってから死にたい。俺たちはご主人様のためのものだから。そのために今まで生きてきた」
「そうか…」

馬鹿なことをとは言えなかった。気持ちが判るからだ。
主(あるじ)のために働くのは嬉しい。むしろそのためにしか働きたくない。ただひたすら主のために。性奴隷はそういうものなのだ。必要とされないことが一番悲しい。
今まで全く役に立てなかったジョルジュとカーディだ。それはノースがそう望んだからだが、少しでもノースの役に立つ可能性があるということが嬉しいのだろう。
ずっと無言だったカーディはジッとディルクを見つめ、ぽつりと呟いた。

「ご主人様の好きな色、知ってる?」

唐突に問われてディルクは戸惑った。

「淡い色だな。私服は白やベージュのような色を好んで着ておられる。派手な色や濃い色はお好きじゃないようだ」
「そっか。困ったな。血が目立つ色だ」
「何するんだ?」
「最後ぐらいはあの方の好きな服を着て、死にたいと思って」

自己満足だけどさ、とカーディ。

(服か……そう言えばこの二人は『人形』だったな…)

主に愛されるために調教された愛玩人形。ひたすら愛でるためだけに調教された二人だ。性奴隷としてはもっとも獰猛な『獣』の教えを受けたディルクと違い、愛されるためだけの教えを受けたはずだ。容姿に拘るのはその為だろう。
特にカーディは本当に人形のように可愛らしい容姿だった。今はばっさりと髪を切り、体を鍛えたために貴公子のような剣士になっているが、ノースに会った時は女性のように愛らしい姿だったことを思い出す。

「いいや。白い服を作ろう。ご主人様は可愛い服お好きかな?」
「いや、華美じゃないシンプルな服がお好きだ」
「そうなんだ。んー……上品なのなら大丈夫かな」
「色気あるのはお嫌いだったよなー?確か」
「どういうのにする?ジョルジュ」
「そうだなぁ。もしかしたらご主人様がごらんになられるかもしれないし、変な格好じゃ死ねないよな」
「当たり前だよ」

嬉しそうに語る二人は本当に嬉しいのだろう。
主のために何かをする事実が嬉しいに違いない。
ディルクはそんな二人に手を差し出した。

「形見。預かってやるよ」
「え?ご主人様にか?」
「あぁ。お前らが会えないまま死んだらお渡ししてやる」
「本当か!?ありがとう!!」

何にする?とあわただしく話し合う二人にそれぐらいしかしてやれないからなとディルクは呟いた。
ノースは何と言うだろうか。やはり迷惑そうな顔でそっぽを向くだろうか。
それともこの二人のことなど忘れ去っていて、怪訝そうな顔をするだろうか。
それでもただ受け取ってくれればと思う。この二人は間違いなくそれだけでも嬉しいだろうから。ノースが持ってくれるというだけで喜ぶに違いないから。

結局、渡されたのは見覚えあるリングだった。

「渡せそうなの、それぐらいしかなくてさ」
「いい石が使われているし、売ればお金になると思うし」
「本拠地へ戻れば貯金があるんだけどなぁ」

武器はかさばるだろうから渡せないと言われ、ディルクは頷いて受け取った。

「俺たち、一生懸命、頑張るから」
「ご武運を」

自分はまだマシなのだ。そう思いつつディルクは二人と別れた。