「鬱陶しくてうんざりです。何とかしてください」
カークが抗議に来たのは翌日の午後のことだった。
「この世の終わりのような顔をして仕事をしているんですよ。ディルクがああなるなんてノース様がらみ以外考えられません!」
恐らく嫌われたと思って落ち込んでいるのだろうとノースは思った。別れ際に叱責したことは記憶に残っている。眠気混じりではあったが。
人間関係に深入りされるのは好きではない。ノースが不機嫌に黙り込んでいるとカークはため息を吐いた。
「まぁ所詮、奴隷ですからね。どう扱おうとノース様のご自由ですが」
その言い方が人権を無視しているような気がしてノースがカークを睨むと、カークは敏感に気付いて意味ありげな視線を向けてきた。
「おや、お怒りですか?ですが間違っていないでしょう?奴隷は所詮、奴隷です。ノース様もそれは理解されているでしょう?ちゃんと彼を奴隷として扱っておられるではないですか」
そんなつもりはない。ちゃんと他の部下と同様に扱っている。
反論しようとしたノースは続くカークの言葉に邪魔をされた。
「ではなぜ彼だけ避けられるんですか?他の青将軍はすべて執務室にお呼びになられて命じられるのに、彼だけは伝令経由の命令書による命令。護衛も彼にだけはめいじられたことがない。
報奨さえも私かダンケッド経由で手渡しされたことは一度もない。
彼は私とダンケッドに継ぐ古参ですが、義務的な言葉以外、かけられたことは一度もないでしょう?ノース様は彼の心を考えられたことがない。違いますか?」
反論したかったが反論の余地はなかった。
カークはノースの側にいる時間が多い。それだけにノースのことをよく知っている。仕事ぶりも他の部下に対する態度も側で見知っているのだ。
「ノース様の彼に対する態度は奴隷に対するもの以外のなにものでもありませんよ」
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ノースの護衛は側近が交代で行っている。
信頼の置ける騎士を使うこともあるが、今でもカークやダンケッドが護衛をすることが多い。
カークが苦情を告げた翌日、ノースは護衛に来てくれたダンケッドに、奴隷をどう思うかと問うた。
短く刈り込んだ褐色の髪と青い瞳を持つ長身の側近は、しばし考え込む様子を見せた。
「用途によると思う。側用人としては問題ない」
「では性奴隷としてはどう思う?支障があるのであれば答えなくていい」
プライベートに踏み込みすぎる恐れがある問いのためそう告げると、ダンケッドは首を横に振った。
「面倒だ。娼館に行く方が楽なのでそちらを選ぶ」
率直で判りやすい返答にノースは確かにと思った。
金銭だけでやりとりできる娼館は後腐れなく性処理を済ませられる。確かに楽だ。体だけの関係でよければの話だが。
ダンケッドは無機質なものを好む男だ。文字通り、性処理だけなら愛情など必要していないのだろう。
「……ディルクか?」
さすがにダンケッドは事情を知っている。ノースの初陣で青将軍として働いてくれたのはダンケッドとカークだけなのだ。
当然、報酬として小さな箱を選んだ経緯も知っている。
「あぁ。お前は彼をどう思う?」
「捨てるには惜しい男だ」
無口なダンケッドだが上司であるノースの問いには滑らかに答えるダンケッドは率直にそう答えた。
奴隷を手放したとき、その奴隷に待ち受けているのは死だ。そのことをダンケッドも知っているのだろう。
「彼がノース様の部下となったとき、裏切り者という批判が多く出たが、忠実に働き、旧祖国のために献身的に働く姿からその批判もいつの間にか消えていった。
彼は占領下の人々が軍に再雇用されやすい土台を作った貢献者の一人と言える。
旧タパール国の復興にも少なからず関わっている。彼の麾下には旧タパールの元軍人も多く採用されているが、他の部隊と変わりなく、よき働きをしている」
「あぁ知っている…」
ディルクの部隊はダンケッド、カークに次ぐ精鋭部隊だ。兵数は2000前後だが質がよく、評判のいい部隊なのだ。
「旧国の将軍時代も一般兵と一緒に食事をしたり、畑仕事を手伝ったりする、人情味のある将だったとか。彼には人望がある。お捨てになられるのはおすすめできません」
無機物にしか関心のないダンケッドがここまで高評価しているのは珍しい。
(これは私も態度を改めないと評判を落とすな…)
ダンケッドがここまで言うのだ。ノースのディルクに対する態度は多少思うところがあるのだろう。
無口な部下だ。滅多に内心を語ることをしない。それだけにダンケッドの言葉には重みが感じられる。
あの日、明かりのないうす暗い室内で見た表情を思い出す。
帰れとノースに言われ、顔を強張らせて硬直していた。
絶望という言葉を表情とするのであればこんな顔だろうと思える表情だった。
『ノース様は彼の心を考えられたことがない。違いますか?』
カークの言葉が頭に蘇る。その通りだ。考えているようで考えたことがなかった。
『ノース様の彼に対する態度は奴隷に対するもの以外のなにものでもありませんよ』
カークに全く反論できなかったのだ。