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◆月〜造られし感情の行方〜(9)


ノースは困ったことになったと思った。
問題はディルクが持ってきた薄い箱に入った書状にあった。

(タイムリミットがあるとは思わなかった)

書状には売ったのは性奴隷だから一度も使用しないのであれば返品してほしいとの旨が書かれていた。エルネストには調教師としてのプライドがあり、飽きられたという理由で捨てられるならともかく、本来の用途以外に使用されるのは不本意であるらしい。
事情はどうあれ、ノースがエルネスト経由でディルクを貰ったのは事実だ。そして今のディルクはノースの側近の一人である。それもダンケッド、カークに継ぐ古参の一人だ。仕事ぶりも良く、満足している。今更返品などと言われても困るのだ。

(黒将軍が持つ権力で強引にねじ伏せるのは可能だが、彼は国王とレンディの気に入りだ)

敵に回すには少々厄介な相手だ。できれば穏便にすませたい。

(奴隷の返品は死を意味するんだったな)

「ディルク、今夜の予定は?」

もう遅い時間だ。恐らく空いているのだろう。そう思いつつ問うと、案の定、空いているという返答が返ってきた。

「じゃあ今夜相手をしてくれるかい?」
「はい…ノース…様…」

自分より遙かに大柄で精悍な容貌の青年が喜びに顔を紅潮させる様子を見つつ、ノースは立ち上がった。
ディルクのことは嫌いではないが、その気がないだけに気が重い。
しかしこんなことで大切な側近を失わずに済むのであればそうしよう。そう思うノースであった。


++++++++++


まるでマグロのようにやる気がない主人を相手にディルクは夢のような心地であった。
抱かれるのは気が進まないが、抱くのも気が進まないというどうしようもない主人に対し、ディルクはすべて任せてくれて構わないと告げた。
それこそすべてエルネストに叩き込まれたことだ。主人をその気にさせるのも己の身体の準備もすべて何度も教わってきている。
調教されている時から何度も夢見たノースの身体に実際に触れている。それだけでイキそうになるのを堪えねばならないぐらいだった。

(泣きそうだ…)

だが行為の最中にいきなり泣き出されてもノースには萎えるだけだろう。そう思い、必死に堪えた。
やる気の無さが現れてか、反応の鈍いノースの身体に一生懸命刺激を与えて勃たせる。
そして自分で解した後孔に宛がい、ゆっくりと身体を繋げた。
何とかしてこれを次に繋げたい。ノースに気持ちいい思いをしてもらって、また呼びたいと思って欲しい。ディルクは必死だった。

「…っ、ごしゅ、ノース、さまっ、イイですか?」

全身を使って気持ちよくなってもらう方法を必死に思い出しつつ、ディルクは身体を動かした。やはりノースの反応は鈍い。けれどどうか気持ちよくなって欲しい。その一心でディルクは身体を動かした。

「すき、です、ノース様ッ、どうか、ずっとお側に置いてください…何でもします。ですからどうかお側に置いてください」

喜びと寂しさに心乱されながらディルクはうわごとのように繰り返した。
そんなディルクをノースは感情の感じられぬ目で見つめ返した。


++++++++++


実際のところ、ノースはディルクの性格を知っていた。
ノースは自分の部下をしっかり把握している。さすがに末端までというのは無理だが、青、赤の将軍位に関してはしっかり把握し、管理していた。
ノースはディルクが自分の前でだけ従順であると気付いていた。
そして側近カークに確認したこともあった。カークはあっさり認めていた。

『その通りですよ。さすがに獣としての調教を受けただけあります。彼はノース様にしか懐かないよう調教を受けたのでしょう』

青将軍には夜勤がない。
そのためディルクは比較的自由に過ごせる。
ディルクは仕事以外の空き時間のすべてをノースの官舎で過ごしているという。少しでもノースの側にいたいためだろう。

『仕方ありません、奴隷ですから。そういうものですよ、ノース様。奴隷というのは主人のことしか考えられないものです』

そういう風に作られているのだから仕方がない、とカーク。

(奴隷とはそういうもの。理屈抜きで考えるべき……か)

カークに繰り返しそう教えられていたものの、どうしても納得がいかなくて放置していた。その言葉の意味をようやく理解したような気がする。なるほど、理屈ではないものも存在しているらしい。認めるのは少々癪ではあるが。

「ディルク、もういい」

二度ほど達したはずだが、ディルクはまだ欲しているらしい。
二度目はまだ遠慮がちに求められたが、三度目は遠慮無く性器に手を伸ばされたのでそれを制止するとディルクは顔を強張らせた。そして慌てた様子で頭を下げられた。

「申し訳ありません」
「いや、いい。すまないが私は眠りたい。君は帰ってくれ」

同衾することになれていないため、そう告げるとディルクは数秒ほど動きを止めた。
恐らく泊めてもらえるものと思っていたのだろう。

「あの…ご主人様…。お気を悪くされたのであれば…私は…」
「ノースだ。名を呼んでくれと何度言えば…」
「も、申し訳ありません!!」

きつめに抗議すると慌てた様子で謝罪が飛んできた。

「帰れ」

吐き捨てるように告げるとさすがにこれ以上は無理だと察したのだろう。ディルクが身体を動かすのが感じられた。

「では…お休みなさいませ」

ノースは返答しなかった。