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◆月〜造られし感情の行方〜(6)


結局、その日は奴隷を貰うことができなかった。
カークによるとこれから候補を調教し、調教後の奴隷と会わせてもらえるという。そしてそれは二、三ヶ月後だろうとのことだった。

「調教済みにするにはそれぐらいかかるでしょうからね」

別に調教済みじゃなくてもいいのだが、と思いつつもノースは追求しなかった。
彼自身、初陣の戦後処理が山積みであり、奴隷に意識を向けている暇がなかったためである。
そうして三ヶ月後、ノースはエルネストから連絡をもらった。
多忙な日々で奴隷のことをすっかり忘れていたノースはカークに指摘されるまで何のことか思い出せないほどだった。
言われるまでもなく着いてきたカークを護衛代わりに、ノースは王宮の一角へ向かった。
侍従に案内された先の部屋にいたのはエルネスト。それと三人の男であった。

「おお、いい男じゃありませんか。さすがですね、エルネスト!」

どうやらカークの目に適ったらしい。

「……何故三人なんだ?」

頼んだのは一人きりだったはずだ。そう思いながら問うと、エルネストは怪訝そうに首をかしげた。

「牢にいたのは三名で間違いなかったかと思いますが」

牢の中の一人ではなく、牢の中にいた全員だとエルネストは勘違いしていたらしかった。
そこでカークが口を挟む。

「申し忘れておりましたね。ああいう場合、奴隷は牢単位で売られているのですよ、ノース様。セット販売のようなものです」

本当に早めに言っておいてほしかったとノースは思った。
食べ物ならともかく人間ではお得感が全く感じられないではないか。
エルネストはやはり笑顔で三人の男へ手を向けた。

「さぁどうぞ。複数であろうと手抜きはありません。しっかりと調教してあります」

それは当然ながら性奴隷としての調教なのだろう。
内心、どうしたものかと思いつつ、ノースは奴隷の三人に視線を向けた。

一人はノースが目をつけていた男。前回の戦いで激戦を繰り広げた相手だった男だ。
年齢は二十代半ばか。やや不揃いの黒髪、紺色の瞳。王族にも目をつけられたというだけあり、容姿のいい男だ。将だけあり、鋭い眼差しと無駄のない筋肉をしている。意外に腰は細めで、大柄なダンケッドあたりなら片手であっさり抱えられそうだ。
袖のない黒のシャツと光沢あるぴったりした黒のスラックスを身につけ、同じく黒いブーツを履いている。これはエルネストの見立てだろう。髪もわざと不揃いにして、彼の持つきつめの雰囲気を引き立てているように見える。

(本当に調教したのか?)

ノースの視線にも怖じ気づくことなく真っ直ぐ見つめ返してくる相手にノースはちょっとした疑問を抱いた。

二人目の男は殆ど見覚えのない男だった。あのとき同じ牢にいたのだろう。
意志の強そうな目鼻立ち。褐色の髪に翠の目をしていて、なかなか長身だ。
身につけているのは大きめのゆったりした白いシャツと黒のスラックスだ。一見、ごく普通の格好だが、シャツは薄地で肌がうっすらと透けて見える仕様になっている。
男は爽やかそうな雰囲気でいかにも好青年といった雰囲気で誠実そうでもある。
彼も将なのであればこれは拾い物をしたなとノースは思った。

三人目の男は男ではなく女性に見えた。
そう見えたのは髪型の服装のせいだろう。
腰までの長く緩やかなウェーブの金髪に水色の瞳、目鼻立ちも整っていて、唇など桜色だ。
腰まですっぽり覆う白いシャツに黒の細身のスラックスを身につけている。一応、男物のようだが、裾の長いシャツが短めのワンピースのようで、中性的な雰囲気となっている。

「……エルネスト」
「はい」

視線で促すと、エルネストはノースの前までやってきた。

「…彼は、将なのか?」

一応、相手を憚って小声で問うとエルネストは苦笑した。

「いえ、将とは言えません。将と言えるのはノース様がお選びの者のみです」
「話が違う。私は将が欲しいと言ったはずだ」
「返品なさいますか?処分いたしますが」

エルネストがポケットから取り出した小さなベルを鳴らすと、部屋の奥にある扉が開き、全身黒づくめの男が二人入ってきた。どちらも2m近くありそうな屈強な男である。

「ジョルジュとカーディを連れていけ」
「ハッ!!」

捕らえられた二人目と三人目の男は驚いて抗おうとした。

「エルネスト、処分とは?」
「彼等はノース様用に調教いたしました。他の者に払い下げは不可能なのです。売れないのであれば生かしておいても意味がありません」

驚くノースの視線の先で、三人目の金髪の男が必死にノースへ腕を伸ばすのが見えた。

「ご主人様!!お助け下さい、ご主人様っ!!」

聞き慣れぬ言葉に眉を寄せるノースの後ろでカークが問う。

「どうなさいますか?まぁ将として使えないのであれば仕方ありませんが」
「俺は戦える!!」

やはり同じように抗う二人目の男が必死に怒鳴った。

「将はやったことねえけど、剣技は習った!」

黙り込んでいたノースはエルネストへ向き直った。

「三人とも引き取ろう。ただ、ご主人様は止めてくれ」

そこですか、とカークが後ろでつっこむのが聞こえたがノースは無視した。
とりあえず彼にとってはそこが重要であった。


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ノースが引き取ると答えたため、殺されずに済んだ奴隷達は安堵した様子であった。

「ご主人様、ひでえよ。俺、ご主人様のために命がけで頑張ってきたのに。練習の成果も見せないうちに処分しようとするなんて」

会えるのをずっと楽しみにしていたのにと泣きながら訴える二番目の相手にノースは戸惑った。
ジョルジュという名の青年は、見た目は爽やかな好青年だが中身は忠犬らしい。
エルネストへ視線を向けると、エルネストは『人形でございます』と笑顔で答えた。

「私は獣で頼むと依頼していたはずだが」
「あいにく、ジョルジュとカーディは既に調教中でしたので、変更をかけるには難しく、そのままの状態で完成いたしました。お気に召されなかったのであれば返品も可能ですが」

返品、との言葉にジョルジュが再び涙目になる。
また騒ぎになってはかなわないとノースは首を横に振った。

「いや、構わない」

一方のカーディはノースと目があうと、そっぽを向いた。しかしシャツの裾を掴んだ手の動きや目尻に溜まった涙が内心を映し出している。
ノースの視線に気付いたエルネストが『彼は天の邪鬼なんです』と説明した。

「ちゃんと内心はノース様にべた惚れのように調教しておりますのでご安心を」

何とも答えようが無く、ノースは、そうか、と呟いた。

他の二人に気を取られていたため、殆ど視線を向けられなかった唯一の将である青年ディルクはノースに視線を向けられると問うように軽く首をかしげた。
彼は周囲の騒ぎに怖じ気づく様子もなく、淡々と腕を組んだまま、悠然と立っていた。
彼もまた、間違いなく獣に調教されたはずだが、反抗する様子もなければジョルジュのように甘える様子も見せない。
エルネストに視線を向けるとエルネストは『徹底的に忠誠心を叩き込みました』という。

「首を切れと言えば自害するように、忠誠心を完全に叩き込んであります」
「そこまでせずとも良かったんだが、まぁいい。ごくろう」
「ありがとうございます。ではこちらが鍵です」

差し出されたのは指輪が三つだった。それぞれ色の違う石がはめ込まれている。

「貞操帯用です」
「…………」
「外しっぱなしはいけませんよ。彼等には貞操帯をつけることが忠誠の証となり、ご主人様への愛情だと教え込んでありますので。はめなくていいと伝えることは、彼等にとってどうでもいいと言われているのと同じ事になります」

ノースの心を読んだかのように告げるエルネストにノースは早まったかもしれないと後悔しつつあった。予想以上に奴隷というのは扱いが厄介だ。
ノースの躊躇いに気付いたのだろう。ジョルジュに涙目で見つめられ、ノースはため息を吐いた。決めたのは自分だ。目の前の彼等の生殺権がかかっているとなると断るわけにもいかない。
指輪を受け取るとエルネストがにっこり笑んだ。

「では確かに。お買い上げありがとうございました」