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◆月〜造られし感情の行方〜(5)


奴隷は王宮の片隅にある別棟にいるという。
案内された先の建物は一見、ごく普通の三階建ての建物であった。
内部に入ると王宮の一角だけあり、他と変わりのない質の良い品に装飾された廊下が出迎えてくれた。
そうして案内された先の部屋にいたのはエルネストという名の青年であった。
淡い色の柔らかそうな金髪と褐色の瞳を持つ彼は中肉中背で、ごく普通の容貌の主で、学者のような雰囲気があった。
年の頃はせいぜい二十代前半だろう。しかし、ここの責任者であるという。
その場にはレンディもいた。
ノースより二歳若い彼は13歳。まだまだ少年っぽさが抜け切れていない。今も身の丈より大きな大蛇にまたがって足をぶらぶらさせている。
国王に寵愛され、王宮内でも王子たちより尊大に振るまう彼は退屈していたらしい。ノースたちの来訪に嬉しそうな表情を見せた。

「良き男をノース様に見繕っていただけませんか?」
「良き将を、だ。カーク」

ノースが欲しいのは性奴隷ではないのだ。
その台詞にレンディとエルネストは顔を見合わせた。

「…どうだい?エルネスト」

レンディは楽しげに隣の男に問うた。

「そうですねえ、私はプロですからどんな依頼にもお応えしたいところなのですが、何分、性奴隷の専門です。将作りは専門ではございません。将となる才能がある者を性奴隷にということであれば可能ですが」

欲しいのは性奴隷ではないのだ。しかし、そう言っても通じなさそうだとノースは思った。
相手は『性奴隷の専門』だと言い切っている。性奴隷でなければ応じないつもりだろう。

(欲しいのは将だ…。だが将が不足している今、真っ当な方法では見つからない)

それもこれも、元はといえばレンディのせいなのだ。
レンディが黒将軍となったとき、ガルバドス内で大きな反発が起こったという。
内乱じみた騒ぎになったその時に、レンディが己に刃向かう者を大量虐殺したのだ。それで多くの将が巻き込まれて死んだという。
本来なら大問題だが国王の赦免によってレンディは無罪となった。国王の勅命であれば誰も逆らうわけにはいかない。
国王の寵愛ぶりとレンディが持つ力の一端が明らかになった一件だった。

「……将として使えるなら構わない」

妥協としてノースはそう応えた。
そう、将として使えるなら元が性奴隷であっても構わないだろう。性奴隷として使用しなければいいだけの話だ。そうノースは割り切ることにした。
畏まりました、とエルネストは頷いた。

「奴隷のタイプとしましては大まかに『人形』、『マリオネット』、『獣』の三種に分類されますが、どちらがよろしいですか?」
「……どう違うんだ?」

全く意味が判らない。
ちらりと隣を見ると視線に気付いたカークが頷いた。

「『人形(ドール)』はいわゆる愛玩人形です。愛でるのを目的とされ、ただひたすら愛らしく可愛らしく振る舞い、ご主人様第一として動く奴隷のことを言います」
「……そうか」
「『マリオネット』は操り人形です。意志を持たぬ奴隷で命令に忠実に従う奴隷のことを言います。どこかしら壊れている者が多いのも特徴です」
「……」
「『獣』は文字通りと申しますか、反抗的で一番扱いづらい奴隷です。まぁ個人的にはこれが一番好みですが」

説明を聞きつつ、ノースは選択の余地がないじゃないかと内心呆れ気味に思った。
欲しいのは将なのだ。愛玩人形や操り人形じゃ戦場で使い物にならないではないか。

「『獣』で。だが逆らわれるのは困る」

そう告げるとエルネストは畏まりましたと頭を下げた。

「では、素材となる奴隷をお選び下さい」

調教前の奴隷に会わせてくれるという。

「本来は調教後の完成品しかお客様にはお出ししないのですが、将という依頼ですので、私には少々判りかねます。お気に召された商品を調教したいと思いますがいかがでしょうか?」
「それで構わない」
「ありがとうございます」

一旦、部屋を出て向かった先は地下であった。
通路の両側にある牢には複数の虜囚が捕らえられていた。
レンディがついてきているためか、罵声などはなく、ただねっとりとした負の視線が向けられているのが判る。陰気すぎるほど陰気な空間であった。
その中で元将だという相手は幾人かいた。
全員若いのは王族向けの虜囚を捕らえている牢だからだろう。見目もそれなりに優れている者ばかりであった。
どの虜囚も白い上下のシンプルな服を着て、首に印封じの首輪をつけている。
その中に両手両足を枷で封じられている者がいた。

「……あれは?」
「既に依頼を受けている者です。彼は第五王子ロデ様のマリオネットになる予定です」

依頼を受けているのであれば選べないのか。そう思ったノースの後ろでカークが呟く。

「惜しいですね。彼は二重印持ちでよき敵でした」

振り返ったノースの視線を受け、カークは答えた。

「先の戦いにて王都手前で激戦となりましたが、その時の敵将の一人ですよ。捕虜とされていたとは思いませんでした」

惜しいことをしましたというカークにノースは戦いを思い出して頷いた。
なるほど、あの戦いの時の敵将なら本当に腕がいい将なのだろう。

「惜しいな」

呟いたノースに対し、レンディはニコリと笑んだ。

「エルネスト、彼をノースに与えてくれ。陛下には俺が話をしておく」
「レンディ!?」

驚くノースに対し、レンディは楽しげに答えた。

「大丈夫だ。……ロデ王子は少々邪魔なんだ。この辺でちょっときっかけを作っておきたい。いつか彼には消えてもらう。数多くいる王子の中で出来の悪い者が一人二人消えたところで王は気にしない。第一王子と第二王子がいればいいと聞いているからね」

彼は邪魔なんだ、とまるで物を扱うかのように告げるレンディは全く悪気がなさそうだ。
エルネストは笑顔で頷いた。

「畏まりました。ではお任せ下さいませ。陛下の鍵をお持ちの大切なお客様からの依頼。ご満足いただけますよう、しっかり勤めさせていただきます」