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◆月〜造られし感情の行方〜(3)


「兵は数合わせだと思ってくれ。基本的に騎馬隊だけで落とすつもりだ」

小柄な新人黒将軍はとんでもないことを言う少年であった。

「騎馬だけですか」
「予算が少ないからね。歩兵まで動かしていては金がかかりすぎる。一応、敵に見抜かれぬよう連れてはいくけれど、見せかけだけだ。東ルートを使い、騎馬で一気に王都まで移動し、撃破する。西は動けなくなるよう少々小細工をするよ」

目的のタパール国の西隣にはニフリートという国がある。
その隣国に偽の噂を流して、タパール国にちょっかいを出させ、西の兵がそちらに気を取られている隙に、東のルートを使って一気に王都まで攻め込む予定だという。

「そううまく行きますかね?」
「行ってもらわないと困る。大丈夫だよ、ニフリート国にはレンディが動いてくれるから。いきなり大仕事を押しつけてきたんだ。彼にも少しは働いてもらわないと困る」

青竜の使い手に陽動を頼んだらしい。
なるほど、それならニフリート国はほぼ確実に動いてくれるだろう。それぐらい青竜の使い手という名の威力は大きい。

「出来る限りの下準備はしておいた。君たちは指示通りに動いてくれればいい。私を信じてくれ」

いずれにせよ、一蓮托生だ。
敵国に攻め込む以上、ダンケッドとカークが死ねば、ノースも死ぬ。これは確定だ。

「頑張りますよ」
「ふむ、やるしかなかろう」

そうして三人はタパール国を落とすこととなった。
作戦は予想以上にスムーズに行った。
騎馬による移動は驚くほど早い。歩兵がいないため、敵が予想できぬスピードで移動することができる。
移動が早ければ兵糧も少なくて済む。補給の心配が殆どいらないのも有利であった。
いきなりの襲撃に慌てる敵を精鋭部隊で撃破し、すぐに次の拠点へ移動する。敵国からの襲撃の報が次の拠点に到達する前にこちらが移動してしまうという方法だ。
そのために騎馬隊は二つに分けた。
カークの隊が最初の拠点を落として、そこで一泊する。
その間にダンケッドの隊が次の拠点へ向かい、落とすとそこで一泊する。
そうして交互に休みを取りつつ、効率的に移動していくのだ。
おかげで常識では考えられないほどのスピードで移動が可能となった。
落とした拠点は後からやってくる兵中心の部隊に任せる。兵は馬がないので移動は遅いが、何しろ戦いが終わっているのだ。戦闘という無駄がないので、驚くほど早く到達することができる。
そうして殆どの戦いを騎馬隊で済ませてしまい、最短距離で王都へと向かった。
さすがの連戦に部隊を指揮するカークとダンケッドも疲れはしたが、最短距離での移動のため、戦いも少なくて済んだ。
恐らく二度と使えぬ方法だろう。見破られては使えない方法だ。誰もやったことがない方法だからうまくいった。初回だから成功したのだ。

「さぁお願いしますよ?」

カークは移動の途中に貴族を人質に取っていた。その貴族に演技を頼んだ。
王城に入るためには跳ね橋を降ろしてもらう必要がある。
『王都に命からがら逃れてきた貴族の一行』を装って、王都に攻め込むのだ。
娘を溺愛する貴族の男は青ざめた顔で頷いた。
人質となっている娘はノースの側に捕らわれている。まだ3歳ぐらいの幼女だ。今何が起こっているかも判っていないだろう。愛らしい人形を片手に遊んでいる。
まだ少年のノースと並んでいるその姿はまるで兄妹だ。
だがノースの中身はただの少年ではない。短期間でカークとダンケッドはその才能をまざまざと見せつけられた。各拠点を落とす際のノースの指示は的確であり、時には残酷さを感じさせるほど容赦のないものであった。

「さて、最後の大仕事ですね」
「あぁ。人はともかく美術品はなるべく傷つけてくれるなよ」
「貴方こそ、いい男がいたら生け捕りにしてくださいね」
「王族じゃなければそうしよう」

王族に関してはノースから絶対の指示が出ていた。

「国というものは王族がいなくなれば弱い。王族がいなければ復興ができないからね。血族は全員殺せ」

王族は皆殺しに。
そう断言されていた。

「あの方は実に面白い」
「同感だ」

ここへ至るまでの拠点を落とす際、カークとダンケッドは血まみれになった。
少数で拠点を落とすため、腕の良い者ばかりを詰め込んだ精鋭部隊。少数精鋭であるため、一騎当千の者ばかりだが、敵との人数差はどうにもならない。全員が血まみれになった。
そのため、ノースへの報告時は凄惨なほど血まみれで血生臭い状態だったが、ノースは顔色一つ変えなかった。ただ静かに『怪我はないか』と問われた。ダンケッドとカークは、そこでノースの度胸の良さを見た。見た目通りではないと思ってはいたが、予想以上に胆力のある人物であった。

そうしてタパール国は落とされた。
カークが驚いたのは、国が落とされた後、ノースが人質の幼女を自ら殺したことだった。
彼は報告を受けた後、側にいた幼女の心臓を手にしていた短刀で突き刺したのだ。

「ノース様!?」
「哀れだがこの娘は王家に血が近すぎる。母親が王妹だそうだ。新たな戦乱の元となっては困るのでね」
「そのような雑事、私に命じてくださればよかったのに」

本音だ。幼女だろうと躊躇いはない。子供だから躊躇うという甘さはカークの中にはない。
意味のない殺害はしないが、必要ならば赤子だろうと殺す。それは今隣にいるダンケッドも同じだろう。

「君たちにばかり手を汚させるというのはフェアじゃないだろう。私にはこれぐらいしかできないがね」

苦笑気味に言うノースは、顔色は悪いが怖じ気づいてはいない。自らの手で人を殺す覚悟をとっくに決めていたのだろう。

「そうですか。ですが次からは命じてください。命を奪う重みは十分感じることができたでしょう?」
「カーク…」
「最初に申し上げた通り、貴方は私たちを手足として動かしてくださればそれでいい。殺し慣れていない人間が殺すというのは、急所を外すことがあって、無駄に苦しみを長引かせてしまうことがあります。もしくは刃物ではなく、毒を使うことですね。その方が確実ですよ」

同意するようにダンケッドが頷く。

「そうか、覚えておこう。ありがとう、二人とも」

ノースの初陣は大きな功績となり、その名は大きく響くこととなった。
同時にカークとダンケッドも表彰を受けた。二人はすでに青将軍だったため、昇進ではなく、たっぷりと報奨を受けた。