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◆月〜造られし感情の行方〜(2)


カークの最初の上司は馬鹿でどうしようもなかった。
失敗すると素人でも判りそうな策を本気で実行しようとするような男だった。
その上司についている間は、終始、尻ぬぐいばかりしていたような気がする。

二番目の男は堅物だった。
頭が固すぎて話が通じない男だった。
その上司についている間は喧嘩ばかりしていた。

最初の二人の上官がどうしようもなかったから、そういうものだと諦めかけていたとき、レンディに新たな上官の話を持ちかけられた。ある子供に従ってみないかという。
その子供はまだ十代半ばだという少年。それも軍経歴が全くないという。

「亡くなられたキラウス軍師の孫だ」

キラウス軍師は、生前、ガルバドスでも名の知られた名軍師だった。
なるほど、彼の孫なら少しは見込みがあるだろう。しかし肝心の経歴がないのでは何とも言えない。
はっきり言って話にならない提案だったが、相手がレンディだったため、賭けてみようかという気になった。
正規の軍人でも話にならない上官ばかりなのだ。型破りな上司にかけてみるのもいいかもしれない。
自分も相当な型破りであることを棚に上げ、そんなことを思ったカークは、レンディに「話に乗りましょう」と答えた。

その二日後、カークは公舎に呼ばれた。
レンディはキラウス軍師の孫にいきなり黒将軍位を与えたらしい。一応は『王命により』ということにはなっているが、レンディがそうなるよう動いたのは明らかだ。
いきなりのことに軍内部には大きな動揺が起きているが、退屈を嫌うカークはそれすらも面白く思っていた。
隣にはダンケッドがいる。彼もまたレンディに選ばれたらしい。上級貴族であるカークと同じ上級貴族出身の男だ。カークの家も大きな権力を持つ家だが、ダンケッドも負けてはいない。上級貴族と言われてすぐに名が上がるほど有名な家の出自だ。
そんな家に生まれていながら軍人になっているのだから、お互いにかなり変わり者だと言われている。変わり者同士として、貴族同士として、二人は面識があった。

「貴方もこの賭けにのったのですか?」

執務室に行く途中、カークがそう話しかけると、ダンケッドは軽く首をかしげた。

「賭け?……ふむ、まぁ確かに次の上官の経歴を考えれば『賭け』と言えなくもないか。俺にとっては上官が替わっただけだ」
「なるほど」

黒将軍は8人。
新たな黒将軍が任命されるのは、当然ながら前任者が死んだときだ。
ダンケッドはノースの前任者の部下だったらしい。

「貴方は亡くなられたゼロ将軍の部下だったのですか」

ダンケッドは頷いた。
彼はあまり他者に関心を持たないらしい。元上官の死が口に出されても全く表情を変えていない。死を悼んでいる様子は全く見受けられなかった。

そして到着した執務室で、カークは上司となるノースに出会った。
痩せて小柄で貧弱なノースは見るからに平凡な少年だった。
ノースは簡単に挨拶した後、国を一つ落とさねばならない、と任務を告げた。
小国とはいえ、一つの国家をたった一つの軍で落とせという。かなりの難題だ。

(腕試しということですか)

カークはレンディと国王の意図を見抜いた。
ここで死ぬならそれまで。生き延びるなら才能が確かだということ。レンディと国王が用意した試練にカークとダンケッドは巻き込まれたらしい。
ノースはというと、焦る様子も意気込む様子も見られなかった。
彼はいきなり押しつけられた仕事に迷惑顔だったが、仕方なさそうにため息を吐き、カークを見つめた。

「君たちもこんな上司を持って気の毒だね。だが私も命が惜しい。負ける気はないんだ。すまないが、たくさん働いてもらうよ」

武器すら持ったことがなさそうな少年は『負ける気はない』ときっぱり告げた。
それもカークを使う気満々の台詞だ。
気弱そうに見えるが見た目通りじゃないらしいとカークは少し嬉しく思った。
なるほど、レンディが連れてきただけある少年だ。一筋縄じゃいかないらしい。
ちらりと隣を見ると、カークと同じく呼ばれた青将軍のダンケッドが興味津々でノースを見ている。どうやら彼もノースを気に入ったようだ。

「ええ、もちろん負ける気はありませんよ。こんなことで死ぬのもゴメンです。私には野望がありますからね」

カークがそう答えるとノースは長身のカークを見上げ、淡々と問うた。

「野望か。どんな?」
「おや、興味があられるので?」

カークが問い返すとノースは気を悪くした様子もなく、頭を掻いた。

「うん、まぁ。興味がないと言えばないし、あると言えばある。……もしかしたら内容次第では協力できるかもしれないだろう?」
「そうですか。ではお教えしましょう。私はハーレムを作るのが夢なのです。そのため、良き男をたくさん手に入れたいと思っております」

今まではこう答えると、とんでもないと呆れられるか怒鳴られるばかりだった。
しかし目の前の少年は軽く瞬きし、頭を掻く手を止めてカークを見つめ直した。

「……男?」

性別が疑問だったらしい。

「はい、その通りです!」

カークが肯定すると少年は眉を寄せた。

「ふぅん。だが軍規を乱すことはやめてくれよ」

否定はされなかったが釘は刺された。

「軍規を乱さなかったらいいので?」

念のため、確認をとるとノースはあっさり頷いた。

「あぁ。一応、やりすぎていると思ったら止めさせてもらうよ。それ以外の範囲ならかまわない」

カークはニヤリと笑んだ。
まだ、目の前の少年の器の程は未知数だ。だが大いに期待できそうな台詞である。
少なくとも、頭が固いばかりの元上官よりはるかに話が分かるではないか。
年上のカークを相手に全く怖じ気づかないところもいい。怯えてろくに話もできないような相手じゃ従う方としても興ざめだ。

「面白いですね。いいでしょう。私を好きにお使い下さい。私は貴方の手足となり働きましょう」

カークがそう告げると隣のダンケッドが口を開いた。

「では俺も。骨董品を集めている。押収品の中から優先的に選ばせてもらえればありがたいんだが」
「いいだろう。話をつけておこう」
「ありがたい」

ダンケッドが満足そうに頷く。

「では商談成立のようですね」
「あぁ。……私からも一つ。私は見ての通り、全く武術の心得がない。護衛を頼むよ」
「御意。お任せ下さい」
「判った」

これが彼等三人の出会いであった。