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◆碧〜枷と咎と〜(14)


一方、部下達は、アスターが不在の間もしっかりと軍を守り、公共工事に精を出していた。
元々、一般兵の出身者が多いアスター軍である。
エリートが多い軍よりも遙かにこういった仕事には適応能力がある。そのため、コツを掴むのも早かった。
すっかり工事のスキルが上がり続けているアスター軍であったが、当人たちは何の不満もなかった。むしろどちらが良き仕事をするかで競い合っている有様だ。
上官であるアスターはというと、相変わらずホルグ麾下の同僚たちに嫌みを言われることもあったが、やはり気にしていなかった。
彼は元々、建築士志望だった男である。現状は彼にとって大変満足すべきものであり、何ら不満はなかったのである。
ノース軍が忙しく出撃したりするのを見て、ホルグの軍に移ってよかったと思っているほどであり、何も後悔していなかった。
時折、ホルグから地方巡回や内乱鎮圧など、工事以外の仕事も回してやろうかと打診されたが、アスターは断った。
その為、ホルグからは欲のない男だと笑われたが、戦いになど出なくて良いのなら、それに越したことはないとアスターは思っていた。
そうして、アスターはほぼ一年以上を工事のみで過ごしたのである。
ノース軍にいた頃は殆ど考えられないほど平和な歳月であった。


++++++++++


「かんぱーい」
「新年おめでとー!」
「おめでとう!」
「今年も戦いに出ずにすみますように!」
「ははは!」
「すみますよーにっ」

戦いに出ていようが、王都にいようが、新年はやってくる。
平和に年を越すことができたアスター軍は幹部を集め、のんびりと酒を飲み交わしていた。
場所は近くの酒場である。一応、立場を考え、中の上の場所を選び、貸し切りにした。
騎士隊長以上が参加しているため、エドとトマもいる。彼ら二人は所属するローの部隊の者たちと飲み交わしているようだ。
黒将軍の次に地位が高い青将軍主催の会とはいえ、一般兵出身のアスターの軍だ。
幹部も一般兵出身者が中心のため、飲み会も堅苦しさが全くない、気楽な飲み会となっていた。

「初めてだな、こんな飲み会」
「そうだねえ」
「酷い時は新年を他国で迎えたからなー。帰国中だったりとかよ」
「冬は戦いが多いからね」
「だな。まぁ出撃中の軍があるから、あまり滅多なことは言えねえんだけどよー」

10ヶ月ほど前に智将ノースが指揮を執ったダリューズ戦が行われた。
そして、完勝した後、現在は対ミタール戦の最中だ。ダリューズ戦にも参戦していたデーウスとリーチの二軍が連続で出撃している。
くじ運が悪かった!とホルグが悔しげにぼやいていたので、ミタール戦はくじびきで出撃する将が決まったようだ。デーウスとリーチの運が強かったということなのだろう。
アスターとしては出撃せずに済んで、ありがたかった。

(だが来年辺り、でかい戦いが来そうだな…)

何しろ、ずっとレンディ軍が参戦していない。これには理由がありそうだ。

そう思いつつ、酒を飲むアスターの隣でザクセンはワインを飲んでいる。
人混みが嫌い、人付き合いも嫌い、と公言する男は、アスター以外の人間と交流しようとしない。どれほどアスターが諭してもダメだった。
しかし、今日の飲み会にはやってきた。人がたくさん集まる場であるというのにだ。こういうところがよく判らないと思うアスターである。
そのアスターの向かいの席でワインを飲んでいるシプリは呆れ顔だった。
べったりくっついて腕を絡ませ、他人と喋らず、酒やつまみの給仕をさせることでアスターを独占している男。これで彼の目的が判らなかったらアホだ。
他人と交流しない彼がわざわざ飲み会にやってきたのは、周囲への牽制目的だろう。こいつは俺のだ、手を出すなと宣戦布告されているようなものである。

(アスターってショタなんだけどな。気の毒に)

勝手にそう決めつけているシプリはむしろザクセンを哀れんでいる。アスターの趣味が趣味だから見込みはないと思っているのだ。
そうしているうちにアスターが一時的に場を離れた。トイレか何かだろう。

「アンタさ、アスターが相手じゃ厳しいと思うよ。それにそんなにべったりしていたんじゃ、他の人たちがアスターに酒を注ぎに来にくいじゃないか。少しは遠慮しなよ」

一応、シプリが注意すると、ザクセンはシプリを睨み付けた。

「君のためを思って言ってるんだよ。アスターってショタコンだからアンタじゃ厳しいと思うよ」

話題に気付いたのか、他の赤将軍たちも興味津々という顔でやってきた。
アスター軍にザクセンを怖がっている赤将軍はいない。野次馬好きな者ばかりなのだ。

「そうじゃ、そうじゃ。お主、アスターを独占しすぎじゃぞ」
「うむ、少し話しづらいな」
「気の弱い子たちまで近づけなくなってるしねぇ」
「だな。ちょっと空気読めよ、アンタ」
「アスターはうちの軍のトップなんだから独占されちゃ困る」
「ちょっとべったりしすぎですよね。まぁそれが目的かもしれませんが」
「けど見込みないって。やめときなよ」
「余計なお世話だ」
「あっそ」
「黙って聞いていれば言いたい放題いいやがって。大体な……俺は100年以上、恋人なしだ!今度こそ結婚したい!!絶対邪魔するな!」

衝撃的な台詞を残し、店を出ていくザクセンを居合わせたメンバーは唖然として見送った。
酒が入っていたとはいえ、なんとも切実に聞こえる台詞だ。

「100年以上、独身ですかー………」
「恋人なしということは、付き合った経験もないのか?」
「あ、哀れじゃのぅ……」
「さすがに100年以上はちょっとねぇ…」
「……協力してやるか」
「そうだな、気の毒すぎる」

衝撃的な発言にすっかり同情気味の周囲にシプリは眉を寄せた。

「ちょっと待ってよ。彼が狙っているのはアスターなんだよ。いいの?あんな我が儘男にアスターを渡して」

シプリの意見に周囲は顔を見合わせた。

「別にいいわよね。お子様よりマシよ」
「ショタよりマシだ」
「いくらそういう趣味でも子供が相手じゃと、犯罪じゃからのぅ」
「100年以上独身というのも気の毒ですからね」
「むろん無理にくっつけようとは思わないしな」
「嫌ならアスターも断るだろう」

そう言われると、そうかもしれないという気がしてくるシプリである。
アスターのショタコン疑惑のため、妙に協力的な周囲であった。