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◆碧〜枷と咎と〜(13)


帰国後、アスターはレンディの元へ報告に向かった。
レンディの執務室には飾り棚が増えており、ちゃんとティーセットが用意されていた。

「ちゃんと練習したよ」

そう言って淹れてくれた紅茶をアスターは嬉しく思いつつ、飲んだ。
その味はカークほどではなかったが、元々大してお茶の味など分からないアスターには十分なものであった。

「美味い」
「そう?」

レンディはすまし顔だが、少し顔が赤らんでいる。嬉しかったのだろう。
そんなレンディを可愛く思いつつ、アスターは仕事の報告をした。

「そうか。見つけられなかったんだね。残念だが仕方がない。ありがとう」
「調査を継続させるならまた諜報を派遣するが、どうする?」
「いや、いいよ。腕の良い鍛冶師は惜しいけどね。いつまでも追っていられるほどこちらも暇じゃない。ノースには有能な護衛を増やすよ」
「それがいい。あの方、ちょっと無防備だよな」
「専属護衛を持ってくれればいいんだが、なかなか頑固でね。おかげでカークとダンケッドが護衛しているようなものだよ」
「あー、確かに」

ノースの側でほぼ確実にどちらかを見るぐらいだ。

「ところで助けたというフリッツはどうしている?」
「うーん……なぁ、坊。ご主人様と奴隷ってどう思う?」
「え……?」

深刻そうな表情で思いもがけない単語が飛び出してきて、レンディは驚いた。

「ど、どう思うって………それってノースの奴隷のこと?」
「は?ノース様が何だって?」
「あ、違うんだ。そうだよね、アスターが知るわけがないし!」

珍しくも慌てた様子を見せるレンディを怪訝そうに見つつ、アスターはため息を吐いた。
フリッツには帰国中に何とか事情を聞き出せたが、その内容はアスターにはさっぱり理解できないものだったのだ。

「フリッツのヤツ、捕虜の間に、奴隷にされてたみてえなんだよな。洗脳ってヤツか?助け出してからずーっとご主人様ご主人様って言い続けて、ウェリスタ国に戻ろうとするんだよ。おかげで連れ帰ってくるのにすごく苦労した。
さっさと正気に戻ってくれりゃいいんだけどよ。目を離したらウェリスタに走っていきそうだから、あいつの部下に目を離さないよう、よく頼んでおいたところだ。当分、まともな仕事は無理だな」
「……そっか……」
「一応、知り合いの医者にも診せたんだけどよ、睡眠薬ぐらいしか処方できないって言われた。
これって頭の病気かな?どうもこういう世界は理解できねえっつーか判らねーなぁ。ご主人様と奴隷ってやつ。
あ、悪い、こんな話されても判らねーよな!坊はまだ知らなくていいからな!」
「……うん……」

知らないどころか、アスターよりはるかに詳しく、経験もあるレンディはどう答えようか迷い、曖昧に頷いた。正直に答えては、ごく平凡な性癖と価値観を持っている様子のアスターに引かれること間違いなしだと思ったためである。
その判断は至極正解だったが、双方、知るよしもなかった。