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◆碧〜枷と咎と〜(11)


約三ヶ月後のことである。
王宮では国王を交えた黒将軍会議が行われていた。完勝に終わったダリューズ国戦の報告を兼ねた会議である。
ノースは王からお褒めの言葉を貰い、また新たな任務を命じられた。次のミタール戦の補佐をするよう命じられたのである。実際の出撃はデーウスとリーチが引き当てたが、全体的な策を練るのはノースに命じられた。
一方のレンディには何もない。出撃のくじ引きにすら参加しなかった。
そんなレンディの様子を不快そうに睨んでいるのはパッソとブートだ。彼ら二人は完全な反レンディ派であり、あからさまに王に贔屓されているレンディを疎んでいる。
中立なのはデーウス、同じくリーチも中立だが彼は面白がって引っかき回していることがある。
そんな黒将軍同士の人間関係をノースは一歩引いたところで見ていた。王に贔屓にされているのはノースも同じである。そのため、彼は彼自身の意志とは関係なく、レンディ側なのだ。レンディが防波堤となり、目立っていないだけである。
ノースは権力闘争に巻き込まれたくないため、慎重に周囲の人間関係を見ていた。

第六王子のクリストは純粋に黒将軍に憧れている。
完全実力主義のガルバドス軍。そのトップに立つ八将軍は実力でのみ、その地位までのし上がった猛者揃いだ。
民衆の憧れの的でもあるガルバドス八将軍。
王族ではあるが、クリストもその将軍たちのようになりたいと憧れた。
しかし、王族は軍に入れない。命を失う危険性があるためだ。
そのため、憧れるだけに留まっていたクリストだったが、彼はノースを見て落胆した。
知将ノースはレンディの次に若い黒将軍で痩せた小柄な人物だ。ハッキリ言って見た目だけなら多くの者の中に埋没するような人物で没個性と言っていい。
何故こんな男が黒将軍なのか。自分より貧弱ではないか。
こんな弱そうな男が知将とはと思い、クリストはひどく落胆した。見た目通りではないと判っていながらも感情は収まらなかった。
何度か嫌がらせをしたが、ノースはクリストの忠告を聞く様子もなく、相変わらず黒将軍の地位にいる。大人しげな容貌のくせに、地位にしがみつく根性だけはあるようだ。
腹を立てるクリストに対し、同意してくれたのは黒将軍の一人パッソだ。
パッソは体格がよく、豪快な肉弾戦を得意とする黒将軍だ。彼のような男であればクリストも納得がいく。黒将軍は彼のような強い男であるべきなのだ。やはりノースは黒将軍に相応しくない。パッソが言うように排除すべきなのだ。
クリストは剣を手に、ノースの後を追った。

解散を言い渡され、将軍達が広間を出て行く。
ノースは最後に広間を出た。
広間の先の控え室には各将軍の側近が待っていて、出てきた将を出迎えた。
その日、ノースを迎えたのは青将軍のダンケッドであった。普段はカークが行っているのだが、今日はカークに頼まれたのだ。
彼はノースを追ってきたクリストがノースに手をあげる様子を見て、躊躇いなく行動した。

「ダンケッド!!」
「クリスト様!!」

間一髪、クリストの側近が庇って割り入ったため、クリストは無傷で済んだ。
しかし、ダンケッドの刃はその側近が身をもって受けることとなった。
胸部から腹部にかけて無防備に切られた側近は、血を吹き出しながら床に崩れ落ちた。
目の前で流血を見たクリストが真っ青になる。対照的にダンケッドは眉一つ動かさなかった。

「失敗した。どうも剣はやりづらい」

ダンケッドは本来、槍使いなのだ。
ダンケッドは、殺気を込めてクリストを睨み付けた。

「次は斬る」

戦場以外では淡々としていて、感情を表すことが滅多にないダンケッドだ。
そのダンケッドが見せた怒りにノースは驚いた。

「ダンケッド!!」
「止せ、ダンケッド将軍!相手は殿下だぞ!!」

殺気に気付いたデーウスとリーチが戻ってきたらしい。

「ふぅん。クリスト殿下、貴方がノースを嫌いって本当だったんだね」

青ざめた第六王子に対し、嘲るように告げたリーチは、相手を軽んじる態度を隠そうともしていない。
黒将軍である彼は、国王と同じく実力主義だ。当然、王族であろうと遠慮がない。彼にとって重要なのは命令を下す王とその後継者ぐらいなのだ。

「だが忘れてないかい?ノースは王より新たな任務を受けたばかり。その行動を妨げることは王への反逆を意味する大罪だ。そして黒将軍である俺たちの上に立てるのは王のみ。王族じゃない。
アンタがノースの命を狙うなら今ここであんたを殺す。頭のいい軍師は貴重なんでね。いなくなられると困る。俺は頭を使うことが好きじゃないんだ」

口調は軽く、しかし、冷ややかに告げるとリーチは笑みを浮かべながらクリストを見据えた。

「アンタを庇った忠臣に免じて今は選択肢をやるよ。去れ。次はない」

クリストは真っ青な顔色のまま、ぎくしゃくと立ち去った。
反論すら出来ず、部下を救う余裕もなく、ただ恐怖だけが彼を支配し、逃げることしか出来なかった。
その間、デーウスは跪き、倒れた臣下を見ていたが、ため息を吐いて首を横に振って立ち上がった。

「即死だ」

そりゃそうだろうとリーチ。体を半分ほど断ち切られているのだ。

「腕力のある青将軍の間合いに入っちまって、無防備に斬られりゃ助かるわけがないさ」

リーチとデーウスに事情を問われ、ノースは二人に事の経緯を説明した。
その間に王宮の官が倒れた臣下を連れていった。

「いきなり襲いかかられた、ねえ。何度か挑発は受けていたのかい?」
「あぁ」
「アンタにしちゃ馬鹿だったね。その時点でちゃんと相手をしておくべきだったよ」

リーチはあっさりとそう告げた。
穏やかなデーウスも苦笑顔であった。

「私もリーチに同感だ。殿下には己の立場をお教えするべきだったと思う」

ノースはため息を吐いた。

「あぁ。私の判断ミスだ。死なずにいい者を死なせてしまった」

そこへ新たに官がやってきた。ノースを王が呼んでいるという。

「すぐ行く」

ノースが同僚に謝罪して去っていくと、ダンケッドも当然のようにノースを追って去っていった。

++++++++++


去っていったノースを見送った二人の黒将軍は無言で顔を見合わせた。

「不運だったな」
「違うね、デーウス。『愚か』だったんだよ」

通常、王族に刃を向けた場合、処罰は免れない。どんな事情があってもだ。
しかし、今回、それをしたのはダンケッドだった。

カーク、そしてダンケッド。

この二人の将は軍人としてだけでなく、生まれも一流だ。王族でさえ、けっして無視できない力を誇っている。
軍人となったばかりのノースにこの二人をつけたのは、レンディだった。
戦闘力がない異例の将に誰も手出しできなかったのは、レンディの保護があったという理由だけではない。カークとダンケッドの二人の力によるものが大きい。
ダンケッドは上流貴族の生まれだ。母親は王妃の友人でもある。
そして彼自身は王家で大きな権力を持つ第一王子の友人だ。
今は第二王子が王位を継ぐと言われているが、第一王子にも十分その可能性は残されている。その第一王子はダンケッドを婚姻相手に望んでいるという。ダンケッドは将来、王族となる可能性がある人物なのだ。

貴族としての力、彼自身の交流関係、そして軍人としての力。

ダンケッドが本気で怒れば、クリスト以上に動かせる力は大きい。
クリストはあまりにも愚かで不運だった。
彼は王族でもへたに手出ししてはならぬ人物に、手出ししてしまったのだ。