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◆碧〜枷と咎と〜(10)


ガルバドスは軍人の権力が強い国だ。
もちろん国を動かす文官もいるが、軍人の力に比べたら弱い。黒将軍の一声で国が動くのがガルバドスという国だ。
しかし、その黒将軍の入れ替わりが激しいのもこの国の特徴だ。色付きの将の死亡率は高く、トップの黒将軍さえ、数年で入れ替わってしまうのが現状だ。
しかし、戦いに出ない限りは、公共工事など平和な仕事をしていられる。
アスター軍はお呼びがかからないことを良いことに、せっせと公共工事に精を出していた。
戦いに出ずとも、工事など他の仕事で食い扶持は稼げるのだ。
アスターは時折開いている会議で皆の状況を聞いていた。

「ラネ地区の工事が終わったぞ。どうじゃ、完璧じゃろう!!」
「おお、すげえ!!やるな、ホーシャム!!」
「ホッホッホ!」
「チッ!こっちだって負けてねえぞ、どうだ?」
「おお、ローもすげえな。さすがに早い!けど働きすぎて無理するなよー」
「ちゃんと週イチで休みは取ってるぜ。誰かさんたちがウルセエからな」
「ハハハ、エドたちとも仲良くやってるようで何よりだ」

そこでアスターは気になっていたことを問うた。

「ところでザクセンとは仲良くやってんのか?」

会議をサボって姿をくらましている人物のことを問うと部下たちは顔を見合わせた。

「さぁ…」
「今日は見てないよ」
「またどこか暗いところで昼寝してるんじゃないかい?」
「昨日は図書室で寝てたよね」
「暗いところや狭いところが好きなやつじゃからのぅ」

部下たちは当人がいないことをいいことに言いたい放題だ。
アスターは暗いところや狭いところが好きという言葉に顔を曇らせたが、部下が怪訝そうな顔をしていることに気付くと、コーヒーを飲む振りをして何気ない様子を装った。

「暗くて狭いところ…あいつは猫か」

アスターが呟くと、あぁ似てると部下たちは納得顔になった。

「言えてるかも」
「うむ」
「近づくとひっかく野良ですね」
「おいおい、一応ああ見えても実年齢はジイさんらしいぞ。ちゃんと年上として敬ってやれよな、お前ら」
「おぉ、良いことを言うのぅ、アスター!その通りじゃぞ!」

アスターの意見にご満悦なのはホーシャムだ。少ない白髪を結った赤いリボンをゆらしつつ、うんうんと頷いている。

「もしかしたらホーシャムより年寄りなんだぜ!」

しかし、その意見で納得させることができたのはホーシャムだけであった。

「まぁ、あいつが変な印を持ってるのは知ってるがな」
「若作りにも程がある」
「女の敵だよ」
「光の印だったっけ?」
「それだそれ。本当はじぃさんなんだからよ」
「何言ってんのさ。光の印だかなんだか知らないけど、実年齢はジジィでも体は同世代じゃないか。だったら働き盛りなんだからちゃんと働いてもらおうよ。同じ給料貰ってるんだから不公平じゃないか」

シビアな意見なのはシプリだ。年上への敬いなど欠片もないらしい。

「いや、別にサボらせろと言ってるわけじゃねーから、それは同感なんだけどよー。そもそもお前ら仲良くしてるのか?」

誰かと一緒にいるところを見たことがないだけに不調和音が気になる。そう思いつつ問うと、赤将軍らは顔を見合わせた。

「何言ってんのさ。いっつもアスターの側にいるじゃないか。君のところで会ってるよ」
「うむ。アスターの執務室で一番会う」
「そうだな」
「話しかけても返事しないのはザクセンの方だ」
「別に嫌いというわけじゃないんだがのう」
「そうだね、けど好きでもないよ」
「そうですね。今のところただの同僚ですね」
「避けているわけじゃないぞ」
「うん、避けているわけじゃない。ただ、仲良くもない」
「会話がないんだよ」
「そうそう、何か話そうにもネタがない」

アスターは唸った。やはり少し心配していた通り、他の部下たちとの交流はなさそうだ。
しかし、心配していたほど不仲というわけでもないらしい。単に付き合いがないという雰囲気のようだ。
せめて会議には出るよう説得しよう。同僚なのだから多少はお互いを知ってもらわないと困る。

「会議には出るように言っておく」
「それ、レナルドにも言っておいたら?あいつ何度目のさぼりなのさ?」
「いや、あいつには別件の仕事を頼んでるんだ。さぼりじゃねえぞ」
「あぁ、そうなんだね。安心したよ」

レナルドはずいぶんと情報を掴んだようで、今は、実際の救出を行うための準備をしてくれている。しかし、さすがにレナルド一人では手薄な為、誰かをつけねばならないと思っているところだ。
敵地への潜入だ。腕が立ち、判断力がある者でなければ難しいだろう。そうなると、もう将軍位にある者しか思い浮かばないのが現状だ。

(自分で行くしかねえかなぁ…)

幸い、急な仕事は入っていない。受けている仕事は工事関係ばかりだ。
下手に誰かに頼むより自分が行った方が確実で安心だ。

「あのよ、レンディ様からの仕事で一ヶ月ほど留守にするかもしれねえ。その間、留守を頼む」

突然の話に部下達は目を丸くした。

「君だけなの?兵は?」
「兵は連れていかない。俺とレナルド、あとは…そうだな、ザクセンを連れていくかも」
「将軍位だけなの?」
「そうなる。悪いが詳細は話せねえ」
「極秘任務か。レンディ様からの仕事じゃ断れないよね。大丈夫なの?」
「おう、すまねえな。俺が留守の間は赤将軍同士の採択によって決めてくれ。週に一回は会議を開いてくれよ。もし、赤将軍同士で大きく意見が食い違った時はホーシャムさん、あんたの意見を採用してくれ」

最年長の将は、判った、と頷いた。