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◆碧〜枷と咎と〜(9)


アスターが己の執務室へ帰ると、レナルドが来ていた。

「久しぶりだなー。お前最近どこで何をしてるんだ?長く不在にする時はひとこと言っておけよ、心配するだろー」

さすがにアスターが苦情を告げると、レナルドは、心配…と呟いた後、真顔で頭を下げた。

「悪かった」
「おう。ところでよ、仕事を頼みたいんだけどよ、一つはレンディからで…」
「やる」
「おう、ありがとよ!」

即答で仕事を受けてくれたレナルドに安堵しつつアスターが内容を説明すると、レナルドは時折、視線を空中に投げつつ、頷いた。

「一週間待って」
「あー、他国だぜ?一週間じゃ情報も集まらねえだろ?」
「集まらないかもしれないけど、集まるかもしれない」
「そうか?じゃとりあえず頼むよ。ろくな手がかりがないんでな」
「目に見えない情報、聞こえない情報、集めるの、得意」
「あ、何だって?」
「行ってくる」
「おー、気をつけろよ?」

レナルドはアスターの目に見えない死霊達に呼びかけながら、窓から出て行った。


++++++++++


それから約一ヶ月が過ぎた。
ダリューズ国戦にはお呼びがかからなかった為、アスター軍は公共工事に精を出しつつ、比較的のんびりとした日々を過ごしていた。
しかし、トップであるアスターはそうもいかない。青将軍は軍のナンバー2に位置する地位のため、何かと仕事が多いのだ。
ザクセンはというと、地位こそ青ではあるが、実質的には赤と同じ立場であるため、アスターが放っておいてくれるのをいいことに、何もしていなかった。
そんな彼は、アスターの部屋で寝起きしていた。
一応、あてがわれた部屋はあるが、面倒くさいの一言で一切使わず、執務室の隣にあるアスターの仮眠室を勝手に使用している有様だ。
あまりに勝手な行動に周囲は呆れて怒っていたが、アスターは放置していた。年単位で酷い牢に入っていたザクセンは少々トラウマがあるようで、眠りが浅いようなのだ。そのことにアスターは気付いていた。
人の気配がある方が眠れるようなので、それならば眠りたい場所で寝ればいい、と放っているのである。
しかし、そんな男も多少は罪悪感が沸いたのか、仕事を手伝うと言い出したのは、アスターがせっせとデスクワークに精を出している時のことであった。
アスターには副官がいない。ちょうどいい、と申し出をありがたく受けたアスターは、最初の書類ですぐに呆れ顔をされた。
呆れるほど分厚い書類の束。さぞ重要なものだろうと思い、中を見てみたが…。

「なんだ、これは。いい男の報告書だと?」
「あー、この間、赤将軍の奴らに頼んでおいたんだ。その報告が上がってきたんだよ」

赤将軍たちはアスターから命じられたカークからの依頼にしっかりと答えていた。
アスターが念押ししておいた『良き男のポイント』もきっちり書かれている。
中にはご丁寧にも絵姿付きのものまであった。

「ほぉ…お前がそんなに男に飢えているとは思わなかった。どこにいるかもしれない男を捜すより目の前のいい男に目を向けようとは思わないのか…?」
「いやいや、これはカーク様から依頼された仕事だ。俺じゃないって」
「カークに?」
「あぁ。今後の遠征時に速やかに良き男を確保できるよう、敵国の男情報をしっかり入手しておくようにって極秘依頼を受けたんだ」

極秘も何も、麾下の赤将軍全員に命じている時点でとっくに極秘ではなくなっているのだが、アスターはそこまで深く考えなかった。カークの男好きは有名だ。知られたところで、またか、と思われるだけだろうと思ったからである。

「お前、カークとは同格だろうが、なぜそんな依頼を受けているんだ?」
「元上官だし、何となく逆らいづらいんだよなー。それにこれぐらいの内容ならまぁいいかと思ってよ。欲されているのは情報だけだし、直に捕らえろって命令じゃないしなー」

捕らえる方はなかなか大変なんだよ、とは経験者ゆえの呟きだ。

「………お前は?」
「興味ねえなぁ。だって重要項目は年齢、外見、筋肉なんだぜ。カーク様と趣味があわねえのは確実だな」
「年齢もどうでもいいのか?」
「だってアンタみたいに年齢とか関係ねえ人もいるじゃねえか。アンタみたいに興味そそられる相手なら年齢とか関係ねえだろ」

じゃあこの書類、カーク様に提出してくるなーと言って部屋を出て行ったアスターを見送り、ザクセンは真っ赤になった顔を隠すように頭を抱えた。

「何なんだ、あの男は…!」

しかし、やはり無人であったため、その叫びを聞いた者はいなかったのである。