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◆碧〜枷と咎と〜(8)


予想どおり、ノースの仕事はカークからの依頼であった。内容はよき男の情報を極秘で集めよというものであった。

(よき男の情報を極秘でって言われてもなー。部下を使わないと集められねえから、極秘ってのは難しいんだけどよ。そもそも何で極秘でなんだ?)

そんなことを思いつつ、菓子屋経由でレンディ軍の本営に向かったアスターは、その執務室でとぐろを巻いた大蛇の上で昼寝をしているレンディを見て驚いた。

(うわっ、わかっちゃいるが坊が食われそうに見えるな〜)

アスターが執務室へ入ってきたことに気付いた青竜は、ぎょろりと目を向け、軽く胴体を揺さぶった。

「ん…、何?」

目を擦りつつ身を起こしたレンディは、アスターに気付くと、軽く目を見張った。

「あー、俺のこと呼んでるってホルグ様に聞いてよ。なんかそうやって寝てるところ見ると、食われる寸前みたいだな」

あっけらかんとして言うアスターに少し表情を強ばらせていたレンディは小さく苦笑した。
レンディが大蛇から飛び降りた瞬間、青竜ディンガは鎖へと変化し、レンディの体にするすると巻き付いた。

「俺は使い手だよ。食われないよ」

アスターは室内を見回した。飾り棚が置かれてなくて、ティーセットがない。
買ってきた菓子を皿に盛って出すことは難しそうだ。

「ま、そうだろうけどよ。あ、これ差し入れ。チーズスティックパイ。店で味見したけど塩気の効いた味でうまかったぜ」
「ありがとう」

レンディは眼を細めて笑み、小さな袋に入った菓子を受け取った。

「で、仕事ってなんだ?」
「うん……アスターは『聖マイティスの鍛冶師(グラジ・エティスト)』を知っているかな?」
「あぁ、すげえ腕の良い鍛冶師が持つ称号みたいなもんだろ。確か、鍛冶師ギルドが行っている制度だ」

大陸を網羅する鍛冶師ギルドが特に腕の良い鍛冶師に与える名誉ある称号。それが『聖マイティスの鍛冶師(グラジ・エティスト)』だ。
軍人だけでも10万人に近い軍事大国ガルバドスにおいてさえ、『聖マイティスの鍛冶師(グラジ・エティスト)』を持つ鍛冶師は十人に満たないという。それほど厳しく厳選されて与えられる称号なのだ。

「俺が贔屓にしている『聖マイティスの鍛冶師(グラジ・エティスト)』が行方不明になった。調べてみたところ、ウェリスタ国に連れ去れたことが判った。けれどそれ以降がつかめないんだ。探してくれるかな?」
「急ぎの仕事は入ってないし、それはかまわねえけど、他国じゃちょっと時間がかかるかもしれねえぞ。ウェリスタ国には特にツテもねえしなぁ」
「『聖マイティスの鍛冶師(グラジ・エティスト)』ならすぐに殺される心配はないと思うんだ。腕の良い鍛冶師はあちらも欲しがっているだろうからね。けど、情報が漏らされるとまずい。俺とシグルドとアグレスの鍛冶師なんだけど、ノースの鍛冶師でもあるんだ」
「ノース様の?」

むしろノースが武器を持っているということに驚いたアスターだったが、レンディは顔をしかめたまま、頷いた。

「俺やシグルド、アグレスの武器はある程度知られてもかまわない。知ったところでどうにかできるような類のものじゃないからね。
問題はノースの武具だ。完全防御型で守りに特化したものになっているんだ。いざというときの時間稼ぎに重点を置いているから、知られると使えなくなってしまう」

アスターはレンディがノースの身を案じていることを知り、内心嬉しく思った。

「それは、早めに別の武具に替えた方がいいと思うぜ、坊」
「もちろんそうするつもりだ。すでにカークとダンケッドには伝えてあるから手は打ってあるだろう。だからアスターはその鍛冶師を取り返すか、最悪の場合は殺してきてほしい」
「判った」

アスターは手を伸ばし、レンディの頭をくしゃりと撫でた。

「なぁ、坊。食器のおける飾り棚がねえじゃねえか。それじゃよき紳士になれねえぞ」
「え?そうなの?」
「そうだぞ。最低でもティーセット一式は置いておかねえとな」
「そうなんだ。今度揃えるよ」

お茶は部下が用意してくれるものだと思っていたレンディは、今までティーセットの必要性を考えたことがなかった。
しかし、アスターの言うことだけに真面目に答えるレンディであった。