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◆碧〜枷と咎と〜(7)


一方、アスターはホルグ黒将軍の公舎に来ていた。
定期的に行われる会議に出席するためである。
ザクセンは朝から姿を眩ましていて、同行していなかった。

「相変わらず、泥臭い仕事を頑張っているのか?」
「よくも飽きないものだ」
「少しはやる気を出したらどうだ?そなたの振るまいがそなたの部下にも影響することを忘れぬようにすることだ。そなたが出撃せねば、部下も出世の機会がないのだぞ」

あからさまに嘲笑してくる者もいれば、真面目に忠告してくる者もいる。
どれもレンディやノースの部下であるときは経験しなかったことだが、それも青将軍という高位であるためだろうかとアスターは思った。

(青将軍ってのは、軍のナンバー2だからな…)

面倒ではあるが、高位であればあるほど敵は多いのが現実なのだ。

そうして、周囲の会話を適当に聞き流しているうちにホルグがやってきた。
ホルグは幾つかの仕事について説明をした後、アスターの名を呼んだ。

「レンディとノースが呼んでいたぞ。そなたの力を借りたいそうだ。用件は別々のようだがどちらへ行く?」

周囲の青将軍たちが驚く。
青将軍にとって黒将軍からの指名を受けるのは名誉なことだ。実力を認められた証だからである。
ホルグ経由で伝言が来たのは、現在アスターがホルグについているため、配慮されたのだろう。
レンディとノースという名だたる将の指名を受けたアスターに驚いている周囲の視線を受けながら、アスターは困惑した。
ノースの用件は見当が付く。恐らくカークが呼んでいるのだろう。いつものいい男捜しについての依頼に違いない。
しかし、レンディの用件というのは見当が付かない。そもそも何か力になれるようなことがあるのだろうか。プライベートな用件なら大歓迎なのだが。

「えーと、両方行ってみます」
「同時に仕事を受けられるような用件でなかったらどうする気だ?特にレンディは下手な対応をしたら危険だぞ。どちらか片方にしておけ」
「あ、坊は大丈夫なんで」
「何?」
「坊、じゃねえ、レンディのことはガキの頃から知ってるんで問題ありません。ジンジャーブレッドクッキーでも持っていきますから。前にうまいって言ってたし。あいつ甘いの苦手なんですが、ジンジャーブレッドクッキーならうまいって言ってくれるんですよ」

少し嬉しげに余計なことまで説明するアスターにホルグは目を丸くした。
周囲も同様である。
レンディは恐怖の対象ではあれ、気さくに接することが出来る者などいなかった。ましてや彼を子供扱いする者など誰一人としていなかったためである。
驚く周囲に対し、アスターは困惑したように頭を掻いた。

「ノース様の方は、たぶんカーク様のご用件だと思うんで……まぁ頑張ってきます」
「カークの用件だと?……大丈夫なのか?」

カークの特異な趣味と性格はよく知られている。アスターと同じように困ったような顔になったホルグにアスターは頷いた。

「ええ、まぁ。たぶん、あの方の趣味関係による仕事だと思います」
「ううむ……そういう用件であれば、ノースからの依頼とはいえ、そなたを出すのは気が咎めるな。無茶を言われたら俺の名を出して、逃げてきてもいいからな」

ホルグにしてみれば、部下を貸し出すのはレンディやノースへ貸しを作れるので悪くない話のはずだ。
それでも、アスターの身を案じてくれるホルグにアスターは嬉しく思った。

「ありがとうございます、頑張ってきます」

ホルグの気持ちを嬉しく思い、笑顔で返答するアスターを見つつ、周囲の青将軍たちは顔を見合わせた。
彼らもカークの評判は知っている。それだけに『カークの元で頑張ってくる』アスターが、何を頑張ってくるのか、勝手に想像したためである。

「そなたも大変なのだな…」
「まぁ確かに彼が相手であれば強くでれまい」
「無理しない程度に頑張ってこいよ」
「いざとなったらうまく逃げろよ」
「えーと……ありがとよ?」

普段は風当たりが強く、煙たがられているアスターであるが、今回は一気に同情されることとなったのであった。