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◆碧〜枷と咎と〜(4)


ガルバドス国の王都の近郊には小さな湖が点在している。
ザナ山脈から流れる小川がそれらの湖に流れ込むのだが、古くはその河川に沿って、複数の町や村が生まれた。その後、それらの小さな町や村の中心となる大きな町が生まれた。その町が現在のガルバドスの元となる町だ。遠い昔、ガルバドス国はそうして生まれたのだ。
ガルバドス国には、海に面した地が南西の一箇所にしかない。その為、流通路は殆どが陸で、川が少し混ざる程度だ。
しかし、大河と言えるほどの川はないため、主流ではない。

現在のガルバドス国の王都は城を中心として、半放射状に広がっている。
城の背側に河が広がっている部分があるため、河を挟んだ地は『王都』として認められていないのだ。そこは別の町となっている。
アスターの実家はその河を挟んだ手前にある。河の向こう側ではないので、一応、王都と認められる地区、しかし、王都の中では外れの場所であり、治安はよくもなく、悪くもない。ごく普通のレベルの地区だ。
ガルバドスの王都は広い。複数の国々を吸収し、急速に国力を上げてきたこの国の王都には、多くの『元敵国、現在は国民』が流れてきている。民族文化の違いや貧富の差が激しくなっているため、治安はお世辞にも良いとはいえない。地区によっては驚くほど治安が悪くなっている。
その王都の治安を守るのも青将軍の仕事だ。
公共事業や治安維持、地方の巡回など、多くの仕事が青将軍の指揮下で行われる。
しかし、それらの仕事は平和な時期の仕事だ。そしてこれらの仕事は出世に繋がることが少ないため、青将軍には好まれない。任務のため、しぶしぶ行っているという者が殆どなのだ。

「お前、本気でそんな仕事が好きなのか?青将軍とも思えねえレベルの低さだな」

ホルグ麾下の青将軍による会議の席である。
ホルグ黒将軍の元に移ったアスターは風当たりが強かった。ノースやカークに優遇されていたにもかかわらず、彼らを捨てて移ってきた恩知らずと思われているのである。
その為、ホルグの元に最初からいる青将軍らによく思われていないアスターであった。

「我々としては雑用をやってくれるのだからありがたいがね」

さらっと言い、肩をすくめるのは白い巻き毛と堂々たる体躯を持つ美丈夫のフォード。アスターのことは嫌ってもいないが、庇う必要もないと思っているようだ。

「同感だ。やりたいならやらせておけばよかろう」

フォードに同意して笑うのはホセ。褐色の髪を持つ、体格の良い男だ。
黒将軍ホルグは肉体派の将で、部下にも体格の良い者が多い。長身のアスターに負けぬような体格の者が多かった。
ホルグには側近がいない。正しくは、『側近中の側近』と呼べるような者がいない。
ホルグは麾下の青将軍を平等に扱っており、それぞれの出撃数にも差がない。智将ノースが側近のカークやダンケッドを必ず連れていくようにしているのとは反対のやり方だ。
しかし、そのやり方をアスターは不満に思わなかった。他の将も同じようだ。どの将も公平に扱うというホルグのやり方を受け入れているのだ。

「お前も同格なのにそんなヤツの元にいていいのか?出世の機会を放り捨てているようなものだぞ」

嫌みを言われたのはアスターの後ろで、壁に背を付けているザクセンだ。
彼は赤将軍になることを望んだものの、現国王の一声により、青将軍となっていた。二階級降格は不要と言われたのである。
ザクセンは不満に思ったものの、どこに入るかは好きにしていいと言われたため、青将軍のまま、アスターの麾下に入った。同格の将が他の将の麾下に入った例はないものの、ザクセンは慣習を無視して押し切った。現国王の許可を得たと言われれば他者がそれを覆すことはできない。結果、アスターの軍は青将軍が二人という異例の状態となっている。

ザクセンは話しかけてきた男を完全に無視した。彼はアスター以外とは極力口をきかない。何を言われようがほとんど無視している。

「国を知るには人を知ること。人を知るためには人と接すること。公共事業関係はそれにうってつけだ。確かに出世には繋がらねえが、勉強になるぜ」

アスターの反論に何人かの青将軍は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「面白いな、誰の言葉だ?」

アスターの台詞だったからだろう。反応を示したザクセンに、『ノース様だ』とアスターは答えた。

「なるほど、智将と言われるだけの男ではあるようだな。公共事業などを青将軍の仕事として振り分けてあるのは、これらの仕事を通して国を作り、国を治めるという意味を学ぶためだ。黒将軍となったとき、国の運営について何も知らないというのでは話にならない。これらの仕事を通して、治世について学ぶよう、青将軍の仕事として振り分けられている。戦うことや出世ばかりを考えているようでは、頭の中身が知れている」
「貴様、俺を侮辱するか!!」

カッとなって飛びかかってきた男の剣をザクセンは笑みを浮かべたまま、受け止めた。
青将軍の武器らしく質の良い輝きを誇る大剣が、素手のザクセンの手中で砕け落ちる。
驚愕した男の腹部をザクセンはふわりと蹴りつけた。まるで力が入っていないような緩やかな動きだったにもかかわらず、男は反対側の壁に飛ばされ、叩き付けられた。

「ハッ…弱いな」

ザクセンの手の中で砕けた大剣の破片は更に小さく砕け、小さな銀色の屑となって床に落ちた。
上質の鋼がまるでガラスのように砕けるのを見て、周囲の青将軍が驚愕して身構える。

「頭も、腕も、弱いと見える」

ザクセンは冷笑を浮かべたまま、己が蹴りつけた男を見据えた。

「己と敵の強さの差を見極めるのは基本中の基本だ。それすら判らずに青の将を名乗るとは、ずいぶんこの国の将のレベルも落ちたものだ。
俺は30年以上、黒の地位にいた。その間、敗北したことは一度もない。
判るか?俺はお前の生まれる前から将をしているんだよ、ひよっこ。
俺はこの部屋にいる全員と同時に戦っても勝つ自信がある。お前らごときの武具じゃ傷つかぬ肉体を持っているからだ。判ったら頭を冷やして、鍛え上げてから出直して来い」

武具を砕かれ、反論できずに黙り込む将に、周囲の将たちも沈黙する。
やがて、その中の一人が問うた。

「それだけの強さを持ち、何故アスターの麾下にいる?」

ザクセンはハッと笑った。

「俺が青にいるのは、国王の勅命だ。疑問を持つのなら国王に直訴しに行け。
もっとも今の国王は実力主義だ。俺より弱いお前らなど相手にしてもらえないだろうがな」

質問への返答になっていないが、その台詞によって、周囲は再度黙り込んだ。
現国王が完全実力主義であるのはよく知られている。平民出身で若いレンディやノースはその実力と実績によって黒将軍トップの地位に君臨し、国王に気に入られているのだ。
血筋よりも実力と実績を重視する珍しい国王に賛同するかのように行動したのが、ノース麾下のダンケッドとカークだ。彼らは一流の生まれでありながら、いち早く軍に身を投じた。結果、血筋も良く、実力もあるという将となっている。

「戦うだけなら馬鹿でも出来る。国を作り、動かすという意味を考えてこい。青竜の使い手と智将はそれが出来ている。だから奴らは『黒』のトップなんだろう」