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◆碧〜枷と咎と〜(3)


一方、ノース軍。

「どうなさったのです?ノース様。そのお姿は!」

ノースの官舎にて、王宮に出仕した上司の帰りを待っていたカークは汚れた姿の上司に驚いた。何をかけられたのか判らない。しかし、赤くどろりとした色合いから見て、スープか何かをかけられたようだ。

「…クリスト殿下にね」

そう言って苦笑するノースにカークは顔をしかめ、従者を呼び、入浴の準備をするように言いつけた。

「クリスト様ですか」

やや意外そうにカークは問うた。

現国王バロジスクには、庶子も含めて10人以上の子供がいる。うち五人が王女だ。
実力主義で知られる国王は、我が子にも特別扱いをせず、子供の誰かを可愛がっているという話は聞かれない。
しかし、王位継承権については、目立った争いは今のところ見られない。第一王子バルドイーンと第二王子ベルンストが、実力に置いても血筋に置いても、他の王子を引き離しているからだ。
実際のところ、カークも、第一王子と第二王子以外は眼中になかった。

「クリスト様ですか。何番目の王子殿下でしたでしょうか?」
「六番目の殿下だよ。年の頃は私と同じぐらいだ」

第六王子のクリストは青竜の使い手レンディ、智将ノースと同世代である。
ガルバドスは軍事大国だ。国王直属の八名の将が国内で最大の力を持つと言っていい。
しかし、あくまでも国王直属だ。八人の将は王にのみ従うのだ。
つまり、ノースはクリストに従わなければならないわけではない。

「王子でありながら、頭が弱い方のようですね」
「カーク、失礼なことを言うんじゃない」

王子のうち、国政に干渉しているのは一番上の二人、バルドイーンとベルンストだ。
二人は当然ながら黒将軍と接触する機会も多く、カークも何度か会ったことがある。
異母兄弟のバルドイーンとベルンストは年齢が近い。王位を継ぐのは第二王子ベルンストだろうと言われている。ベルンストは思慮深く、割り切りがいい人物で、現国王に似た考え方を持つ。彼が王位を継げば現状と変わりない政策がとられるだろう。第一王子バルドイーンとも仲がいいらしいので、今のところ王位継承に問題は生じていない。

「剣も使えぬ貧弱な男。安全な場所から人を動かすばかりの卑怯者だと罵られたよ。青ならまだしも、国の顔となる黒においておくなど本来許されぬことだ。レンディの庇護下にあるおかげだろう、さっさと辞めるべきだと」
「なるほど。報復しておきましょうか?」

とんでもないことをさらりと告げる部下にノースは顔をしかめた。

「子供の悪戯だよ。不要だ」

相手は王族ということもあるが、ノースにはクリストの幼さが目に付いた。
同世代とはいえ、安全な王宮の奥深くで大切に育てられた相手は精神的に幼く感じられた。
子供のいたずらに目くじらを立てる気はしないノースである。

カークは年下の上司の精神的な老成さに気付いている。しかし同世代の相手にまでそう告げる上司へ呆れ顔になった。

「そうですか。そうであれば何も致しませんが。しかしノース様、降りかかる火の粉をそのままにされておかれるのがお好みで?」
「そういうわけじゃないがね。ひどくなったら対策を考えるさ」
「そこまで申されるのでしたら従いましょう」

入浴の準備ができましたと従者に呼ばれ、バスルームへ消えていくノースを見送り、カークは小さくため息を吐いた。

「子供の火遊びで火事が起こることもあるのですよ、ノース様」