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◆闇〜掟の鎖〜(2)


雨露を飲んでしのぎ、何も食べぬまま、同部族を待ち続けたレナルドは衰弱が激しく、しばらくの間、動けなかった。
何とか満足に動けるように回復した後、レナルドは洞窟へ戻りたいと告げたがヨハネスは頷いてくれなかった。言葉が通じなかったのだ。
自力で戻ろうとしたレナルドにヨハネスはしぶしぶ洞窟の近くまでこっそり連れていってくれた。
レナルドがみた光景は武装した兵士が洞窟の入り口を彷徨く姿と真っ黒に焼けた洞窟の岩肌であった。
理由が判らないまでもレナルドが己の部族の運命を知った瞬間であった。

十歳ちょっとだったレナルドはそれからヨハネスと共に狩人として生きることになった。子供のレナルドにそれ以外の生きる道はなかった。
ヨハネスは50代の男で小柄でズングリとした体と短い黒髪とあごひげを持ち、弓矢よりも罠をしかけて獲物を捕らえることが上手かった。
ヨハネスは目がよく、己が生きる山野のこともよく知っていた。部族の残党狩りもヨハネスは木や草が倒されていたり、残った足跡などで敵の動きを良く読んで、上手に逃れ続けた。
レナルドはヨハネスから山野で生きる知恵を学び、言葉と部族以外の世界を教わった。
ヨハネスはレナルドを坊やと呼び、復讐は考えるなと繰り返した。

憎しみは辛い。憎しみは己を苦しめ続ける。憎しみは不幸になる。だから憎むな。

ヨハネスはそう繰り返した。
その言葉を鵜呑みにすることは出来なかったレナルドも、病にかかったヨハネスから死の淵で再度告げられることで、遺言としてようやく受け止めることが出来た。
そしてレナルドは再び一人になった。
ヨハネスと出会って四年が経った時のことであった。


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レナルドが己の持つ印にまつわる不吉な話を聞くようになったのはヨハネスに部族が襲撃を受けた理由を聞いてからであった。
以来、極力、印は見せぬように過ごしてきたレナルドは、ヨハネスを見送って約一年後に部族の生き残りと再会した。
部族の仲間はかつての洞窟から西へ数十キロの山中に移り住んでいた。その生き残りの仲間がレナルドを探し続けてくれていたのだ。
キア族は総数が五分の一以下に減り、後遺症が激しい仲間もいた。彼等はかつての洞窟よりも更に困難な切り立った崖の横穴を選び、ほそぼそと暮らし続けていた。
レナルドは仲間達と抱き合い、泣いて再会を喜んだ後、新たな長老となった老女サビーネに行方不明の仲間がいることを告げられた。
キア族はほぼ全員が生まれながらに闇の印を持つ。
それが今回の迫害の原因になったのだが、その印ゆえに仲間の生と死はきっちり見分けることができるのだ。
サビーネはレナルドともう一人の子供の生存を信じており、皆で探し続けているのだと告げた。
青を意味する名を持つ弟のことはレナルドも覚えていた。当時、数歳前後だった子供は、幼いながらも非常に聡明な子供だった。

『どうかレンディを探しておくれ』

サビーネにそう告げられ、レナルドは頷いた。断る理由はなかった。