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◆闇〜掟の鎖〜


青竜の使い手であるレンディの出身部族である少数民族キア族は、ガルバドス国の北の山中にて暮らす部族である。
総数はよく判っていないが300名前後。数字は使うが文字の概念はない。
彼等は主に洞窟で暮らす。そのため白い肌を持ち、夜目が利き、耳がいい。
しかし部族の歴史はそれほど古くない。そのため視力が退化するような影響は今のところ起こってはいない。
キア族は子を部族全体の子として扱う。生まれた子供はまとめて育てられるのだ。
そして子供は子供同士で助け合い、教えあう。
キア族の言葉は鳥のさえずりのような言葉だ。キア族同士にしか判らない。

レナルドは異父弟が生まれた日をよく覚えている。
地底湖の湖畔で生まれた弟は、高く遠い天井の隙間からこぼれ落ちる日に照らされ、産声を上げたのだ。
その後、目を開いた弟を見て、母は嬉しそうに言った。

『ごらん、レナルド。お前の弟はとても綺麗な目をしているよ。鮮やかな青い目だ。レンディって名付けよう』
『レンディ……』
『古い言葉で青という意味があるんだよ』

数歳年下の弟はとても元気で、そして頭がよかった。
一緒に遊ぶのも楽しく、レナルドはよく弟の面倒を見た。
その頃、部族には20人前後の子供がいた。
レナルドは子供の中でも年長の方であり、よく年下の子の面倒を見ていた。
そして事件は起きた。

攻撃を意味する『声』と襲撃を意味する『声』が飛び交う。
眠っていたレナルドはその『声』に起こされた。
その日はたまたま弟が父の元へ行っていたため、一緒に眠っていなかった。レナルドは弟と父が違う為、一緒に行かなかったのだ。
レナルドは不安に胸を掻き立てられながら、ねぐらとしていた横穴を飛び出した。
洞窟内は暗いが慣れで見えずとも動くことができる。這って動かねばならない狭い場所も立って動ける場所も身についている。
やがて酷い臭いがしてきた。ひどく不快だった。レナルドはそのとき、それが煙であることを知らなかった。キア族は火を使用しないため、子供であったレナルドは、煙の存在も知らなかったのである。
必死に移動しているうちに、泣き声が聞こえてきた。泣き声は子供だけでなく、女達の悲鳴も雑じっていた。
年下の子供と女性は守らねばならない。それが一族の掟だ。
そちらへ駆けていこうとしたレナルドは、その寸前に出会った老いた男に止められた。

『レナルド、もうあちらへ行ってはいけない。煙が充満している』
『煙?』
『あの白いのは煙だ。吸い込みすぎたら死んでしまう毒なんだ』

煙という名の、この臭いの元は人を殺すのだという。
老いた男は引き返して別の穴から東へ逃げろと告げた。そして洞窟を出て、森の茂みに隠れろという。
他の子供たちはどうするのだとレナルドは問うた。
老いた男は、自分たちが同じように逃がすからまず最初にお前が逃げて待っていろとレナルドに告げた。
幼いレナルドは大人の言うとおり、洞窟を逃げ出した。
わけがわからない。
洞窟を襲撃された理由も、襲撃してきた敵のことも、そして恐ろしい煙のことも判らない。
レナルドは切り立った山肌を、ひっかき傷を作りながら降りて森の茂みに隠れた。
そしてレナルドは待った。
水と木の実というわずかな食料だけを口にして、待って、待って、待ち続けたが誰も来なかった。
それから四日経ったある日、彼は全く知らぬ大人に倒れているところを見つけられ、引き取られた。
それが狩人のヨハネスとレナルドの出会いであった。