綱~勝利をたぐり寄せる手~
数日後、アスターがノース軍公舎を訪れたところ、ダンケッドがとても不機嫌だった。正直珍しい。ダンケッドは感情の起伏が少ない物静かな人物なのだ。
ノースは元部下の様子に困り顔でカークは呆れ顔であった。
「ああ、アスター、よく来ましたね。彼の相手をお願いしますよ」
「ハァ……それは構いませんが一体何があったのですか?」
「それは当人から聞いて下さい。馬鹿馬鹿しい話ですので」
するとダンケッドが不機嫌そうに口を挟んできた。
「それはそなただからだろう。そなたの価値観と俺は違う」
「王位継承者が妾を複数人持つのは当然ですよ。最初から判っていたことではありませんか」
「そうだな、だが妾を優先されるのはさすがに不愉快だ。別の王族を相手に選ぼうかと考えている。ベルンスト殿下辺りがちょうどいい。彼なら俺の実家も文句を言わないだろう」
「ちょーっと待ってくださいダンケッド将軍!ベルンスト様はまだカミィ殿を失った心の傷が完全に癒えてはおられません。その話を持っていくのは時期尚早ですっ!」
アスターは慌てて口を挟んだ。ダンケッドが本気で実行しそうだったからである。
「だったら他の王子王女でもいい。とにかくバルドイーン以外のヤツを選ぶことにする」
「落ち着いてくださいダンケッド将軍!そもそも将軍は交際中に何らかの努力をなさいましたか?愛情が失われる原因を作っておられるかもしれませんよ」
「それはどういう意味だ?」
「相手が下さる愛を当たり前だと思ってはいけないということです。ダンケッド様はどのように愛を返しておられましたか?一方的に与えられる愛を受け入れるばかりでは相手も疲れるばかり。愛は返してこそ大きく育まれるんです。一方的な愛情を無条件に受け入れ続けて許されるのは幼子だけなんですよ。愛してくださっていたのであればそれをちゃんと言葉にするなり態度にするなりして、返さなければならないんです」
アスターの言葉が相当に意外だったのか、ダンケッドは目を見開いて黙り込んだ。
ノースは感心したようにアスターを見やり、カークは面白そうに様子を見守る態度となった。
「俺は平民です。正直一対複数の恋愛はよくわかりません。そして王族ならば尚更いろいろとしがらみがあることでしょう。ですが今回の件はもう一度よく考えて、相手と向き合ってみられてください。それでも別れるとおっしゃるのであれば、そして本気でベルンスト殿下とお付き合いなさるおつもりであれば、協力します。娼婦を本気で愛しておられたあの方ならばダンケッド様とも真摯に向き合ってくださると思いますから」
「……なるほど、確かにそなたの言う通りだ。心当たりがある。俺も少々反省すべき点があるようだ。アドバイス感謝する、アスター将軍」
「いえ、バルドイーン様とうまくいきますよう祈っております」
「……そなたにとっては俺がベルンスト殿下についた方が都合がいいだろうに」
「うーん、俺は権力争いをするためにあの方についたわけじゃないんですよね……ただ単に好きだなぁと思っただけでして。それで協力しているんです。正直宮廷内のことは判らないことだらけです」
そこでカークが面白そうに口を挟んできた。
「おや、素敵な恋の話が聞けそうですね?」
「いやいや、そういう関係じゃないです。恐れ多い。けどあの方が王になってくださると嬉しいなと思います」
「ああ、是非頑張ってくれ。俺は王妃になりたくない」
「普通は名誉ある地位だと喜ぶものだと思いますが」
「面倒だ」
「……面倒だから嫌なんですか?」
「そうだ。俺は怠惰にただの妻として何もせずに暮らしていきたい。面倒くさがりなんでな。だから本当は妾ぐらいがいいんだ。血筋が良すぎて無理なんだが」
正直にそう教えるとアスターは意外そうな表情になった。
「いやいや何をおっしゃっているんですかダンケッド将軍。本気でおっしゃってるんですか?」
「充分本気だ。だから俺は黒将軍にもなりたくなかった。この地位は面倒だ」
「いやいやいや、何をおっしゃっているんですかダンケッド将軍。それが本音だとしても貴方はご自身が思っておられるほど面倒くさがりじゃないですよ。面倒くさがりだったらそれほど出世するわけがありませんから。俺も黒まで上がったから判りますが各将の得意分野とか性格とか部隊の特徴とか把握してないと戦場で勝てませんし、そもそも勝つために上級印持ちをどの部隊に入れようかとかこっちの部隊は手薄だからこっちと入れ替えてバランスを整えようかとかそういうのを考えないといけないし、しかも出撃のたびに考えないといけないじゃないですか、戦場で死んだりするから。そして他の軍との仕事の兼ね合いとかも考えないといけないし、部下を食わせていくための仕事も確保しないといけないし、出撃となったら出撃となったで補給だの何だの考えないといけないし、やることだらけです。面倒くさがりがやっていける仕事じゃないですよこの仕事は。貴方はご自身が思っておられるよりずっとまめな性格です」
「……それはまた斬新な意見だ。そんなことは初めて言われた」
本気で驚いているのだろう。こちらをマジマジと見つめられた。
「貴方は能力は抜群なんだと思います。だから頑張らなくてもノルマを達成できるタイプではないかと。きっと能力の七割とかそれぐらいで何でも出来てしまう。それで頑張っている自覚がないだけじゃないですか?でもそれはそれでいいと思います。だって仕事がこなせているわけですから。だからきっとバルドイーン様の補佐は向いていると思いますよ」
「ふむ、そうか……、その意見も実に新鮮だ。そんな評価をされたのは初めてだ」
「ところで話が変わりますがダンケッド様の元へ他の王子様方から連絡はありましたか?」
「いや、ないが」
「そうですか、さすがにないんですね」
「どういう連絡なんだ?」
「率直に言えば味方になってくれって要請です。カーク様にだけは結婚申し込みのようですが」
「ああ、なるほど。それは俺の元に要請がなくて当然だ」
「俺、第一王子か第二王子につくから応じられませんって答えても大丈夫ですかね?」
「いいんじゃないか?そなたが第二王子についたことはすでに宮廷では有名だ。その返答を受け取ったところで『事実だったのか』と思われるだけだ」
「もうそれほど噂が広まっているんですか?」
「王位継承問題は今の王宮の一番重要な事柄だからな。注目されて当然だ。ああ、そうだ、クリフト殿下に気をつけろ。そなたに黒将軍から降りるよう命じると息巻いているらしい。バルドイーンが注意しても生返事だったというからそなたに接触してくる可能性がある」
「いや、命じるも何も俺がクリフト殿下に従う必要ってあるんですかね?」
「ないな。黒将軍は国王に次ぐ地位だ。国王以外に跪く必要はない」
「あの王子は頭が弱い方ですからねえ。ノース様のことも軽視しているんですよアスター」
「ええ、そうなんですか。……んー、俺はクリフト殿下が宮廷内でどういう立場にあられるのかよくわからなくて。気をつけておいた方がいい方なんですか?」
そう問うとカークとダンケッドは顔を見合わせた。この二人は上流貴族の生まれであるため、宮廷内のことに詳しい。
「母親は第一正妃。つまりバルドイーン様とは同腹の兄弟です。それでバルドイーン様には弱いというわけです。ですが最近はやけになっているのか愚かな振る舞いが目立ちます。そろそろ厳しい処罰が下ってもおかしくはありません」
「せっかく生き延びることができたというのに……愚かなものだ」
ノースは口を挟んでこないがクリフト殿下の話になった途端、顔をしかめていたからやはりよくない想い出があるようだ。
「あの王子はノース将軍に絡んできたり、刃を向けたりしたことがある。だが武術の心得はちょっとした護身術程度だ。そなたがやられるとは思わぬが一応気をつけておくことだ」
「はい判りました。ご忠告ありがとうございますダンケッド将軍。一つ質問をいいですか?何故クリフト殿下は俺やノース将軍を狙ってくるんですか?味方になれと脅してくるならともかく、敵対するのはメリットがないと思うのですが」
生き延びるために黒将軍を味方に引き入れようとするのならば判る。
だがこちらを殺そうというのが判らない。軍人相手にそうするのが大変困難だということが判らないのだろうか?こちらはそれ相応の戦闘力があるから黒なのだ。そして知将であるノースには常に護衛が付いている。刃を向けたところで倒せるわけがない。
「バルドイーンから聞いた話によると彼は黒将軍に対して何やら妄想を抱いているらしい」
「妄想?」
「ああ、それも勝手な妄想だ。黒将軍は圧倒的な強さを持ち、上級印を持っているべきだと思い込んでいるようだ。そなたは通常印だからな、クリフト殿下の条件に合っていなかったのだろう。実に馬鹿馬鹿しい話だ」
「あー、なるほど、そういうことですか。確かに俺は個人としての強さはそうでもありませんからね」
「どのような方法だろうと勝って生き延びればいいのだ。少しでも多くの味方を生き延びさせて敵に勝つ。これが最善だ。死者を多く出せば次の戦いに備えられない。生存者を多く維持することは重要だ。そして敵を一人で倒さねばならないなんて決まりはない。むしろ罠にはめて出来るだけ安全に倒した方が生存率が高まる。よき将とは高い生存率を誇る軍を持つ将のことだろう。個々としての強さではない」
ダンケッドの言葉にノースは深く頷いた。彼もまた、強い将ではない。その頭脳だけで勝ち続けてきた将だ。
「クリフト殿下は視野が狭く狭量だ。先を見据えた考え方を出来ず、自分の考えを他者に押しつける。あれは王の器ではない。カークの言う通り、先は長くないだろうな」
「当然でしょう。いつ粛正されてもおかしくはありませんよ」
ダンケッドとカークの会話にアスターは顔を曇らせた。
正直言って全く知らない王子だ。だが殺されるというのは実に気の毒だ。しかし容易に助けることもできない。王宮で行われていることだし、しかもそれを主導しているのが国王なのだ。
「どうにかできませんかね……」
「どうにかとは?助けろとでも?無理ですよ」
「無理ですか……」
「アスター、この問題には口出ししない方がいいですよ。誰も彼も助けるというのは不可能です。特にこの問題は国王の意向が働いていますからね。黒将軍である貴方であっても下手な手出しはしない方が無難です。それよりも貴方はベルンスト殿下のことを考えておきなさい。まだ次期王は確定したわけではないのです。足元をすくわれますよ」
「はい……」
そんな話をしていたら王宮から使者がやってきて、ダンケッドに手紙を差し出した。第一王子からの謝罪文らしい。
「ふむ……まぁ、話ぐらいは聞いてやるか」
そう言ってダンケッドは手紙を片手に部屋を出て行った。
「なんか……こうして見るとダンケッド将軍の方が立場が強いんですね……」
「ええ、バルドイーン様は結婚前から尻の下に敷かれているようですね。ですが好都合です。ダンケッドが好きなように操られるよりこの方が安心できますから」
そう言ってカークは肩をすくめた。