綱~勝利をたぐり寄せる手~
アスター軍公舎で医師をしているウルガ老は目が悪くて耳も遠いという、正直医者としてはどうかと思ってしまう高齢の医師である。
元々長らく従軍医として働いてきた経歴がある医師だ。そのためアスターはウルガ老に敬意を表し、公舎で雇っている。当人がまだ引退はしたくないと言っているが、さすがに従軍は厳しい年齢となったため、気楽に勤められる公舎専属の医師になってもらったのである。ここなら遠距離を異動しなくていい分、肉体的にも楽だし、他にも医師がいるからだ。つまりウルガ老が無理をして働かなくていい環境が整っているのである。
ところがそのウルガ老が患者に訴えられた。その女性はウルガ老に胸をもまれたと主張しているという。
普通なら黒将軍であるアスターがわざわざ仲介しなければならない案件ではないのだが、たまたま医務室の近くを通りかかった時にウルガ老の補佐をしている医師見習いに助けてほしいと頼まれたのである。
そういう経緯でアスターは医務室の一つでその女性と向き合うこととなった。まだ十代後半のような若い女性は仲介役として黒将軍が出てきたことに狼狽えており、青ざめてすらいた。
「あ、あの、こんなことに将軍様がおいでにならなくても……私はただ謝ってもらってちょっとお金をいただければそれでいいので」
「いや、その前にアンタどこの所属なんだ?上官にも同席してほしいから呼んできてくれないか?」
「いえ、あの……そこまでしていただかなくてもいいんで」
「そもそも胸にしこりがあるってことで受診したんだろ?それで触るなって無理がねえか?」
「でも揉まなくったって……」
「じゃあどうすれば満足だったんだ?少しだけ触れて少しだけ押すとかそんな感じか?それでそのしこりとやらはちゃんと判るのか?こんなことで訴えるのならよその医師を当たってくれねえか?」
「判りました。それじゃ賠償金を下さい」
「それだがうちの公舎の医師はうちの軍に所属している奴らのための医師なんだ。関係の無い奴らを見ることはない。もし騙してうちの医師の世話になったんなら逆にこっちが訴えることが可能だ。それでアンタはどこの所属なんだ?上官に話を通しておきたいんだが」
「……もういいです!!部下を疑うなんて最低です!!」
そう言い捨てて、逃げるように部屋を飛び出していこうとした女性をアスターは易々と捕まえた。
「悪いがアンタの所属が判明するまで待機していてくれ」