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◆古木石の音色(1)


「あのよ、いい鍛冶屋知らないか?」

部屋に訪ねてきたウィダーにそんなことを言われるとは思わなくて、スティールは驚いた。
鍛冶屋と聞いて、籠で丸くなっていたドゥルーガがピンとしっぽを立てて、肩に飛び乗ってくる。興味津々なのだろう。

「どうしたんだい?」
「これ……あんまりだから直してもらってこいって担任に言われた」

ウィダーに見せられたのは黒ずんだ小さな木の枝であった。しかし鍛冶屋と言っているということは杖なのだろう。男の指ぐらいの太さで長さは手の平よりちょっと長い程度。少なくとも肉弾戦には使えそうにない。
杖を受け取って、テーブルの上に置くと、ドゥルーガがその横に飛び降りた。小首をかしげてしげしげと杖を見ている。

「これは古木石だな。大樹が長い歳月をかけて鉱石となったものだ。闇の印との相性がいい素材だから武具の材質としては悪くない。だが杖にした時点で間違っているな。鈴にした方がいい。よし、俺がよき鈴にしてやろう」

杖を鈴にするという小竜にウィダーは顔を引きつらせた。

「あぁ!?俺が欲しいのは武具なんだぞ。鈴なんかにされちゃ戦えねえだろうが」
「じゃあ何が希望なんだ?」
「剣とか盾とか槍とかよ。まぁ、杖でもいいけどよ。戦いに使えそうな、それなりに長い杖がいい」
「戦いに使えそうな?お前は闇の印の使い手だ。戦ってどうする」
「俺は士官学校生だ。卒業後は騎士なんだぜ?戦うのは前提だ。まぁなりたくねえけどよ。戦いに使える武具じゃねえと授業も受けづらいしな。
その武具を手に入れたときは、他の生徒には笑われるし、バカにされるし、担任にも同情されちまったぐらいだ」
「ふむ…これは恐らく武具として作られたものではない。祭具として作られたものだろう。それが何らかの形で士官学校の武具庫に紛れ込んだんだろうな。しかし闇の印の使い手の武具か。考えたこともなかったぞ。輪廻を守るべき闇の印の持ち主が死者を作る職とは、スティールと同じで道を間違っているとしか思えん。悪いことは言わん。鈴にしておけ、鈴に」

小さな手で杖を持ち上げた小竜にウィダーは慌てた。

「余計なお世話だっ。鈴じゃ困ると言っているだろっ」

このままでは本当に鈴にされてしまう。慌てて小竜を掴もうとしたウィダーは小竜を握った途端、ぐにゃりと握りしめてしまって驚愕した。小竜はウィダーの手によってゼリーを握ったときのごとく、握りつぶされた。

「うわあっ!!」

慌ててウィダーが手を離すと、瞬時に形を元に戻した小竜がパッと窓際に飛び移ったところだった。

「それじゃあ行ってくる」

鍛冶になると夢中になる小竜は上機嫌で杖を手に窓から出ていった。

「待てって言ってるだろ!!くそっ、スティール、お前も止めろよ!!」
「うーん。ウィダー、俺がいい剣を買ってあげるから、授業ではそれを使ったら?俺も武具がドゥルーガだったから、別の武器を使うことを認めてもらったよ」

むしろ他の武具を使ってくれと頼まれたぐらいだ。さすがに七竜が相手では勝負にならないからだろう。

「けど、何で杖を鈴なんかにされなきゃいけねえんだよっ」
「それなんだけれど、ハッキリ言って、あれじゃ戦えないだろう?サイズが小さすぎて、作り替えるにも限界があるしさ。あれを戦いのために作り替えるなら、一から作り替えることになると思うから、新しいのを購入した方が早いと思うよ」

冷静な指摘にウィダーはしぶしぶ黙り込んだ。

「鈴なんかいらねえってのに」
「まぁそう言わずに持っておきなよ。ドゥルーガは無駄なことをしないから。鈴って言うのならきっとその鈴がいつかウィダーのためになるんだと思うよ」

武具は買ってあげるからと言われ、ウィダーはしぶしぶ頷いた。

後日、ウィダーはスティールの部屋を訪ね、小竜から小さな黒い鈴を五個受け取った。
コロロンという、鈍い音がする。見た目も鈴というより、丸い石に見えた。

「それはとても良い鈴だぞ。ちゃんと浄化のための呪も刻んでおいた。その鈴を鳴らせばどんな霊も喜んで引き寄せられるぞ」

誇らしげに告げる小竜は鈴のできばえに満足そうだ。ウィダーは顔を引きつらせ、慌てて、鳴らないように布にくるんでポケットへ入れた。

「霊なんか呼ばなくていいんだよっ」

じゃあなと去っていこうとするウィダーに慌てたのはスティールだった。慌てて後ろから抱きしめる。

「ウィダー、今夜は俺と約束してただろ?」
「あー、うー、別にもういいんだよ!」

片手で髪を掻き上げながら、やけになって叫ぶウィダーをスティールは離さなかった。

「よくない。俺、楽しみにしてたから、泊まっていってよ」

後ろから抱きしめられて、耳朶を柔らかく噛まれ、ウィダーは身を震わせた。
ウィダーは耳朶に非常に弱い。一度噛まれると体中の力が抜けてしまうほどだ。そうして官能の火が呼び覚まされると、スティールの思うつぼだった。十代の若いウィダーは性欲もそれなりに強い。スティールとの逢瀬は生活の違いもあり、平均して二週間に一回程度なので、欲するのも早かった。

「ぅあっ…ス、ティールッ…」
「泊まっていくよね?」

ずるいと思いつつもここで逆らうことはできない。なんだかんだ言いながらもウィダー自身、期待してこの部屋を訪れているのだ。
視界の先で、元凶となった小竜が籠の布をパタパタと整えていた。そしてそのまま籠に丸くなる。鈴を渡してしまえばもうこちらのことはどうでもいいらしい。
腹が立ったが、ベルトを外されて、忍び込んでくる冷たい手の感触に苛立ちも吹き飛んだ。意識のすべてが後ろでウィダーを抱きすくめる男へと飛んでいく。

「ス、ティールッ…ここじゃ…」
「ベッドに行く?」

ウィダーは小さく頷き返し、後ろに立つ男の首に腕を回した。