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◆死人の子(1)

ラジクとは死人の子という意味があるという。
闇の印は緑の印の家系に突然あらわれる希少印の一つで、隔世遺伝で受け継がれることが多い印だ。
ラジクの場合、祖父が保持者だった。そのため、生まれてすぐに祖父に引き取られ、次の死人使いとして育てられた。
死人使いは葬儀関連を担う職だ。
誰もがいつかは死す。死人使いに世話にならぬ者はいない。
そのため死人使いは概ね大切に扱われる。しかしそれは死人使いがいる田舎の場合だ。死人使いは死者の言葉を介すため、暗殺や犯罪の隠蔽を狙う貴族王族によって弾圧された過去がある。故に大きな町や村では闇の印の保持者はいない。
『死人使い』という言葉は死者と言葉を交わせるからではない。その気になれば死した者の体すら操ることができる。故に彼等は『死人使い』と言われるのだ。

ラジクの地元では死人使いは万年樹と呼ばれる山の中の巨木で暮らす習わしがある。
山の中にあるため、大変空気が綺麗で気が清い場所だ。
ラジクが十代後半になり、祖父は亡くなった。
死人使い以外の者が万年樹で暮らすことはできない。ラジクは一人となったのだ。

『…清…ラ…カナ…風…ノ音…ヨ』
『アノ人ハ…イツモ別ノ女性バカリヲ…』
『技ハ……闇ノ…中ノ…光ヨリ生ミ出サレル…月齢ノ……』
『アノ子ハ、元気カシラ…』
『私ノ子…闇ノ愛シ子ヨ…』

音にならぬ声がラジクの元へ響く。
闇の印を持つ者は霊の姿と声、そして心を読むことができる。死人の想いを読み取り、浄化させるのが死人使いの役目の一つだからだ。

雑霊は常に周りをうろついている。
彷徨う雑霊は死の眠りを求めて死人使いの元へやってくる。
しかし死人使いもすべての霊に眠りを与えてやれるわけではない。彼等がこの世に留まっている原因を見つけられない限り、眠りは与えられないのだ。
強引に天へ返すこともできる。しかしこの世に留まる霊は必ず何らかの理由がある。
霊は救いを求めて死人使いの元へ来る。彼等を助けられるのは死人使いだけなのだ。そのため強引に天へ返すのは、最終手段だとラジクは祖父に習った。

彷徨う霊の中にはラジクの母だという人も混ざっていた。
ラジクは母を知らない。覚えていないぐらい幼い頃に亡くなったのだ。
ラジクの母は幼い息子を残していくのが不安だったらしい。ラジクが幼い頃から側にいて、ラジクが独り立ちした今も側についたままだ。
長くこの世に残る霊は徐々に魂が薄く削られていく。少しずつ世界へ還っていくのだ。これもまた一つの浄化なのだ。
母は普通の人間だったため、強い想いが断片的に残っているくらいで会話らしい会話を出来たことはない。しかし子供のことはよほど心配だったのか、健やかな成長と健康を願う心がいつも伝わってきた。
しかしそれも時間の問題だろうとラジクは思う。万年樹の元は気が澄んでいる。その分、浄化も早い。20年以上持った方が奇跡なのだ。
遠くない未来、母は完全に浄化されてしまうだろう。

雑霊の中には過去の死人使いであった者たちもいた。彼等は他の霊と違い、陽炎のように現れては消えたり、いなくなっては戻ってきたり、いろいろなタイプがいた。
自分も死んだらそうなるんだろうかとラジクは思った。そっちの方が楽そうだとも思った。
食事や洗濯、仕事なども必要ないからだ。
しかし、祖父は出てこなかった。それはそうだろう。祖父はラジクが町の人たちと一緒に見送ったのだ。祖父は満足して逝った。この世に未練がなかったのだ。

霊を引き寄せる香を焚いていると霊に話しかけられることが多い。草の香りが霊を惹き付けるのだという。
霊は体の足りない者や殆ど輪郭しか見えない者など様々だったが、生前通りのはっきりとした姿と声を持つ者もいた。
特にはっきりとしている者は三人ほどいた。うち二人はとても若い姿をしている。片方は二十代前半、もう片方は十代半ばにしか見えなかった。
その三人とは殆ど生身の人間と話すように断片だけでないはっきりとした会話ができた。
彼等は特に力が強い霊であるらしかった。強かったら死んだ後も強いのだろうか。はっきりとした姿を保てるのだろうか。ラジクはそう思い、直接彼等に問うた。

シイという二十代前半の姿をした霊はその質問に返答しなかった。
ミミというちんまりとした老婆姿の霊は生きてすることがなくなったから死んだのだと答えた。老婆姿の霊は暇つぶしとばかりにラジクをよくからかい、ついでにいろんな知識を教えてくれた。薬草関係は殆ど老婆に教わった。
ルムゥという十代半ばの少年姿の霊が一番印象的だった。すべての知識をすべて覚え、すべての術をマスターした。この世にて知ることはもう何もないと思ったから死んだのだという。 
本当か嘘か判らないなとラジクは思った。20年も経たぬ時間で覚えられる知識など限られているではないか。もっと多くの知識がこの世には埋もれているだろうに。

そんなある日、ラジクの元へ依頼が来た。
依頼主は地元貴族の領主だ。山に現れた悪霊の対処をお願いするという依頼であった。