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◆お酒には…(1)

(スティールたちが新人騎士時代の話です)

スティールは妙なことになったなと思った。
場所は自室だ。向かいのソファーではカイザードが酒を片手に笑っている。

きっかけは酒だった。
元はフェルナンが貰ったという酒だったが、フェルナンは舌が肥えていて、味にうるさい。
特にワインは上質のものしか受け付けないらしく、スティールにその酒が回ってきた。
フルボトルだから一人で飲むのも…と思っていたところ、カイザードに会った。
その手の酒はどうしたと聞かれたので誘いをかけたら、喜んで応じてもらえた。
一応ラーディンにも誘いをかけたが、あいにく夜勤だというので、カイザードと二人で飲むことになった。

(先輩、大丈夫かなぁ…)

スティールもカイザードもさほど酒に慣れていない。あまり飲む機会がないからだ。
カイザードはスティールだけに酒を出させるのも…と言って、更に二本ほど持ってきていた。しかもまたフルボトルだ。二人だけなのにそんなに飲めるのだろうかとスティールが疑問に思ったほどだ。
しかしスティールは意外と酔いが回らなかった。顔にも出る方ではないらしく、まだまだ全然酔った気がしない。

(俺、一本ぐらいじゃ酔わないのかもなぁ)

既に二人で二本開けている。半々ぐらいで飲んでいるから今のところ、一人一本ぐらいの量だろう。
一方のカイザードはいい具合に酔いが来ているらしく、普段よりも陽気だ。

(先輩、楽しそうだな、よかった)

そんなことを思っていると、思いもかけないことが起きた。
あっついなー、お前の部屋、などと言い出してカイザードが脱ぎ始めた。

(え!?)

ハッキリ言ってさほど暑くない。春先だ。むしろ夜が更けてきているので、そろそろ冷え込むだろう。
スティールはさほど酒が回っていないためか、全く暑く感じない。

「それほど暑いですか?」
「おう、すごく暑い。お前平気なのかよー?」
「ええ、まぁ…」

(…どこまで脱ぐ気ですか?先輩…)

カイザードは私服の上着だけでなく、下のシャツも脱ぎ、更にベルトも外している。どうやら下も脱いでしまう気のようだ。

(まぁ俺の部屋ですし、俺しかいないからいいですけど…)

しかし暑かったらいつもこんな風に脱いでいるのだろうかとスティールは疑問に思った。
もしそうなのなら、いただけない。いくら男同士とはいえ、カイザードはとにかく容姿がいい。至らぬ方へ走ってしまう者がいないとは限らないだろう。

(…って、ええ!?)

「あの、先輩、全部脱ぐんですか?」
「おう、暑いじゃねーか!全裸だ、全裸!」

(ええ!!??)

「お前しかいないからいいじゃねえか。お前が俺のどこを見てないってんだよ」

(いや、それはそうですけど!!!そういう問題ですか!!??)

というか、これは誘われてるのか?とスティールは混乱した頭で思った。
その間にもカイザードは全部脱いでしまっている。

(わーーー!!!駄目だ、駄目だ。もう酒どころじゃないし!!)

いくらカイザードが平気でもスティールは受け付けられなかった。

「先輩、暑いなら窓でも開けますから、脱ぐのは止めましょう」
「はあ?けどもう脱いでしまってるじゃねえか」
「それじゃストリップです、やめましょーよ」
「ストリップ?あー、それいいな、やってやろーか?」

けらけらとカイザードが笑う。完全に酔っぱらいだ。

「あれは脱ぐ過程を見せるものです。全裸じゃ意味ないです」
「何でそんなこと知ってるんだよ、お前っ」

いや、そこで怒るんですか?と思いつつ、金払えば誰だってみれるものですよあれは、と答え、スティールはカイザードを寝台に引きずった。

「先輩、俺、煽られましたから責任取ってくださいね」

酒よりそっちの方がまだいいと思って告げるとカイザードは納得顔になった。

「あー、なんだ、そういうことかよ。いいぜ、ヤろーぜ」

普段のカイザードと違い、羞恥心の欠片も感じられない台詞は色気も素っ気もない。
実に困った酒癖だとスティールは心底から思った。


++++++


翌日、案の定というべきか、カイザードは夜の出来事を全く覚えていなかった。
スティールはひそかにカイザードの親友を捕まえた。

「あのー、ラグディス先輩。カイザード先輩の酒癖って知ってます?」
「いいや、深酒したことがないからな。何かあったか?」
「ええ、実は…あの人、脱ぎ癖があるみたいで…」

さすが親友というべきか、ラグディスは眉を寄せた。

「それは面倒な悪癖だな。判った。飲ませないように気をつけよう。俺が迷惑しそうだ」
「お願いします…」

やれやれ、何とかなりそうだ、と思い、二日酔いとは別の意味で頭痛を抱えながら歩いていると、前方から夜勤明けのラーディンが歩いてくることに気づいた。

「あ、スティール。昨夜はどうだった?」
「いや、まあ…。お酒は美味しかったよ」

そう、お酒は美味しかったのだ。お酒は…。

「そっか。じゃ、スティール。今度は俺も〜」
「あー…うん。ねえ、ラーディン。ラーディンは酒癖ってあるの?」
「さぁ、わかんね。俺、酒に強いんだよ。ワイン2、3本ぐらいじゃ全然平気だな」
「そうなんだ」

良かった。ラーディンは大丈夫そうだ。