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◆シードの見合い話 その16 (闇神の檻にて 幕間)


アルディンの実家がらみの事件で拉致されてから、数日が経った。
俺は当事者っていうことで、事情を聞かれたりなどしたが、その後のことには関わっていない。どうやらアルディンを含め、ミスティア家と大隊長の一部が中心となって処理しているようだ。
アルディンはともかく、大隊長どもが心配だ。あいつら熱くなりやすいからな。過度の報復なんて考えなきゃいいが。
まぁ今回は王家が仲介役として加わっているというから大丈夫だとは思うがよ。
そんなことを考えていると執務室に副官がやってきた。少々戸惑い顔で『アーティ伯爵家の次期当主殿が来られました』という。アーティ伯爵家…ってことはベルクートか!あいつが近衛の本営まで来るなんて何事だ?いつもは貴族らしく、使いを立ててやがるのによ。
何かあったのかもしれないとやや早足で行くと、客人を迎えるための客室の扉の前にベルクートはいた。何で客室に入っていないんだ。従卒が茶をどうしたらいいのか判らないって様子でトレイを持ったまま困り顔をしているじゃねえか。
犬か何かのように扉の前を落ち着かない様子でうろうろ歩き回っていたベルクートは俺に気づくと慌てた様子で廊下を走ってきた。

「シ、シード!は、話は聞いた!卒倒するかと思ったぞ!大変だったな、怪我はなかったか!!??」

話?卒倒?…ああ、例の拉致事件のことか。
ん?…ってことはこいつ、俺を心配してわざわざ王都までやってきたのか。
ミスティア領から遠路はるばるやってきてくれるとは思わなかった。思わぬ不意打ちに思わず胸が熱くなる。
やべえ、顔が赤くなってるだろうな。

「いや…見ての通り、怪我らしい怪我はねえよ」
「この傷は?」

手に巻いている包帯に気づかれちまった。けどこれは軽傷だ。

「乱戦中にちょっと引っ掻いてな。たいしたことねえよ」
「そうか……」

包帯を巻いた手を握ったまま、ベルクートは物言いたげに手を見つめている。
手を振り解くのもヘンで、思わず握られたままになってしまう。

「だから指輪を…?」
「いや、指輪は普段つけてねえんだ。傷をつけちまったりしたらいけねえからな。はめてなくてよかった。ぶっ壊してた可能性大だからな」
「………」

ベルクートは黙り込んでしまった。
しまった。これじゃ言い方が悪かったか?

「いや、お前に会うときははめてるだろ?はめたくないわけじゃねえんだよ。傷をつけねえためだ」

改めて言い直すとパッとベルクートは顔を上げた。

「そ、そうか…」
「ああ」

安堵したのかベルクートは照れくさそうに笑った。そう嬉しそうな顔をされるとこっちも照れくさくなるだろうが。
あと、手。いつまで握ってるつもりなんだか。いや、別に嫌ってわけじゃねえんだけどよ!

そのとき、後ろの方から『アーティ伯爵家の次期当主殿です』と副官のリンガルが説明する声が聞こえてきた。
振り返ると大隊長どもがいた。
やべ、ここ、廊下だった!!そりゃ通りづらいだろうな。

「悪い、邪魔したな!…ベルクート、中に入れ。通行の邪魔になってるぞ」
「あぁ、すまなかった」
「シード様ッ!」

ベルクートの後から部屋に入ろうとしたら、慌てた様子で名を呼ばれた。

「なんだ?」
「い、今の野郎…いえ、お方は?」

は?お前ら、たった今、リンガルに聞いてなかったか?

「アーティ伯爵家の次期当主ベルクート殿だ」
「そ、そうですか。シ、シード様の…ご友人、ですよね?」

ですか?じゃなくて、ですよね?って何だ。疑問系じゃなくて確認かよ。
しかも間違ってやがるし。

「違うぞ。俺の婚約者だ」

訂正すると、大隊長どもは揃って凍り付いた。

「う、う、嘘とおっしゃってください、シード様っ!!」
「そ、そ、そんなっ!!!シード様が、シード様がご婚約なんてっ!!」
「いつの間にそんなことになられていたんですか、シード様―っっっ!!!」

いきなり阿鼻叫喚になった。
ああ、うぜえ。何で婚約したらいけねえんだ。
俺の年齢考えたら普通だろうが普通。
そりゃあ、ベルクートの方が遙かに家柄はいいが、俺がいい家柄に嫁いじゃ悪いってのかよ。そこまで驚かれりゃ気分が悪いぞ!

「うるせえ!俺は十分適齢期だ!結婚して何が悪い!!家柄は俺の方が劣っちゃいるが、望み望まれての結婚、ミスティア家の保証付きだ。判ったら、とっとと仕事に戻りやがれ!!」

騒ぎ立てる部下共を一喝して、客室に入って扉を閉めた。
防音ばっちりの部屋にも途切れ途切れに泣く声が聞こえてくるのがウザいが、だいぶ静かになった。
ったく、プライベートに口出しするなっての。
先にソファーに座って寛いでいるベルクートが俺の剣幕に眼を丸くしている。

「シード、どうかしたのか?」
「いや、部下どもにお前は俺の婚約者だって説明したらいきなり騒ぎ出したんでな。仕事に戻れと一喝してきた」
「あぁなるほど。シードは人気がある副将軍だとアルディン様に聞いているぞ」

いや、それはお世辞だろ。
自慢じゃねえが、上司に好かれた試しがねえんだ、俺は。まぁ奴等は部下だけどよ。
俺の口が悪いせいだろうな。

「そうか?そうは見えなかったが。さっき、睨まれていたような気がしたぞ」
「そりゃ通路を塞いでいたからな、俺たちが悪いだろ」
「あぁなるほどな」

それにしてもあいつら、貴族のベルクートを睨むなっての。客人だぞ、一応。
まぁ今回は俺たちも悪かったし、反省すべき点はあるけれどな。騎士なら表面だけでも礼節を尊べっての。
まてよ、俺を睨んでいたのか?ベルクートは俺の向かいにいたから、たまたま眼差しを受けてしまっただけかもしれねえな。そっちの方があり得そうだ。
ベルクートは奴等と接点がないが、俺はいつもあいつらを怒鳴ったり、怒ったりしてるしな。

「ところで、シード。アルディン様の母方のご実家であられるシルバ公爵家だが、一部、領地没収の上、当面は監査付きになるようだ。その監査役を当家が引き受けることになった」
「お前が?」
「あぁ。シードに被害がとなると当家も黙ってはいられないからな。貴族の体面もある。厳しく取り締まらせてもらうつもりだ」
「いや、俺は…」
「シード。こういうのは甘くしてはいけない。二度、三度と繰り返されることがないように厳しくするべきだ。甘い前例は次の犯罪を招きかねない。今回の監査は期限付きだから尚更だ」

さらさらと紡がれる言葉のなめらかさに驚きつつも、これが普段のベルクートなんだろうと思う。間違っちゃいねえ。こいつの言っていることは正しい。それだけに普段とのギャップにちょっと驚く。格好いいじゃねえか、こいつ。仕事がらみ限定じゃあるが。
こいつも俺に慣れたら、普段からこんな顔を見せてくれるようになるんだろうか。いいな、ちょっと楽しみだ。

「と、ところで、シード。今夜の宿だが、大通りの『ラ・ウィンドフィル』にしたのだが…」

いきなり自信なさそうに切り出してくるベルクートに苦笑する。
格好いいんだか、格好悪いんだか、わからねえな、こいつも。仕事の時は思わず見惚れるような男ぶりなのに、何でプライベートだとこう自信がなくなるのか判らねえ。まぁそのおかげで見合いに失敗しまくり、俺と会ったんだから運命ってのは面白いもんだと思うけどよ。

「判った。仕事でちょっと遅くなると思うが必ず行く」

そう言うとベルクートは安堵したように笑った。
プライベートの頼りない面と仕事時の貴族の当主らしい堂々とした面と、両方ともベルクートだ。こいつが俺に完全に慣れてくれるまで、もうしばらく、この二面性に付き合わねえといけねえのだろう。
だがそれも悪くない。そう思っている自分がいることに気づく。

「それじゃ、そろそろ…」
「あぁ」

見送るためにソファーから立ち上がると、ベルクートの手が頬に触れた。
真っ直ぐな眼差しが徐々に近づいてくることに気づいて眼を閉じる。

「…夜が待ち遠しいな…」

口付けの合間に呟かれた言葉に同感だと思いつつ、ベルクートを見送った。

<END>

本編と合流(?)したところで、見合い話は一旦ここで終了です。
いつまでも『見合い話』というのもおかしいので。
以後、この二人は小話などで書く機会があれば、書かせて頂こうかと思っております。